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2008年8月

隠れ脳梗塞大丈夫?

ここのところ、40代後半の知り合いがふたりも小脳梗塞で安静の状態となっていた。

46歳(A氏)と48歳(B子)と同じ年代のふたり・・・ということで、驚いている。
30代を過ぎると脳細胞は毎日20万づつ失われていくというのだから無理もない。
隠れ小脳梗塞という言葉も一時話題になったが、30代で始まり40代では4人に1人、50代では3人に1人の割合、60代の半分は微小な脳の血管が詰まっているという。

ふたりによると予兆があって、A氏は首の後ろ(うなじ)がやたら重い感覚で熱をおびていたという。
しばらく続いて「おかしいな?」と思っていた食事中に、突然、平衡感覚がなくなったような感覚で、自分の意思とは違う横に倒れこんでしまって、自転車で2キロ近くある脳神経外科に走ったようだ。

平行感覚がなくなっているのだから、よくぞ無事に道路に倒れずに病院までたどり着いた・・・といったところだろう。

院長は、自分の携帯で大きな病院に事情を説明し、そのまま救急車が呼ばれて移送ということになったそうだ。
生還を果たして、そういぶかしく話をしてくれたのだが、一緒に聞いていた看護士のCさんによると、
『そうしてもらったから、スムーズに入院ができたのよ。
自宅で倒れて救急車で運ばれたからって、たらい回しで危ないところだったのよ。』

そういう問題も、身近にあるんだ・・・と、やたら納得をしてしまった。

解離性動脈瘤に起因したものだったようで、ここからくる場合の80%超は、頚椎からうなじの部分を通っている動脈に症状が発生しているため、うなじや後頭部に痛みや違和感が出ていたようだ。

とにかく安静にベットで寝ているだけの生活は少なくても一週間は続く。復帰を果たしたのが一ヵ月後、まだ日常の生活にも注意を払いながら丁寧な体の動きをしている。急に立ち上がったりなんぞはできないし、これを期にタバコもやめられたら、それに越したことはない。

一番の痛手は仕事の契約を切られたことで、自分の体の不安を抱きながら家族のこれからも考えるという、今の時勢の契約・派遣職の多くの人がそういった不安を持っているのではないだろうか?

B子さんの場合は、右手の感覚が(あれ?おかしい?)という症状が始まりだった。
モノがつかめなくて、落としてしまう・・・なんだろう?この感覚・・・
そうするうちに、体がふらついてめまいがきたので、すぐ病院にいって小脳梗塞で入院となった。

自力で病院に着いたとしても、今度は救急車で来た人が優先され待たされることになる。

症状をしっかり伝えることや、いざ、という時の判断はひとりでは難しい。

脳梗塞の部位と症状は、
『大脳基底核(大脳の中心)』・・・筋肉の微調整が出来なくなる。手が震える。手がしびれる。動きがぎこちなくなる。

『頭頂葉』・・・前進の近くや感覚の認識ができにくくなる。計算違いが多くなる。道に迷って帰れなくなる。やけどをし易くなる。

『小脳』・・・まっすぐ歩きにくい。ろれつが回りにくい。動作が鈍くなる。

『中脳』・・・モノが2重に見える。モノが揺れて見える。意識がもうろうとなる。

目をつぶって両手を広げ、ひとさし指を体の前でくっつけられたら大丈夫だとか。とんでもなくすれ違っているようなら一度検査したほうがいいかも・・・

ここのところ、娘に誕生祝いでプレゼントしてもらった任天堂DSと脳トレをやっている。
脳年齢20歳!だったり29歳だったりと、結構若返ってきたことに一喜一憂している。
40を過ぎると昔の母親の辛かった時期のことに思いがいく。
足腰、膝とだいぶお疲れ気味の自分の体をいたわる時期にきているようだ。

リンク→脳を鍛える大人のDSトレーニング

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少年非行の時代背景

少年犯罪の凶悪化、低年齢化に伴い、少年法の厳罰化が議論されるようになった。

少年非行の形と時代背景について考えてみた。
動悸を分類すると『生存型』『遊び型』『反社会型』『非社会型』『確信型』の5つに分けられている。

Gsatujin 戦後の少年犯罪の中でも殺人が多い1951年(昭和26年)と1961年(昭和36年)から、1970年(昭和45年)に入るまで凶悪犯罪は続いていた。

000909n11945年の終戦直後から1950年代まで、社会は食わんがための『生存型』の犯罪が続いた。
大学卒の初任給が3千円という時代に、おとなに取り残された少年たちは窃盗や売春、強姦といった犯罪を中心に殺人事件も低年齢化の傾向があった。

この時代に13歳以下の子どもによる殺人が最も多く、1950年代で48件、1960年で53件もあった。

東京オリンピックに伴う公共事業の整備に沸き、カラーテレビが普及するなど経済の急激な成長に湧いた1960年代。
地方では学校不足もあって、高校進学率50%から58%、大学進学率17%の時代。集団就職する若者は多く、また一方で有名高校・大学に進学するために都市部に若者が集中する。
学生運動、浪人の急増、低賃金労働、教育水準の格差もこの辺りから生まれ、不登校問題も水面下で起きていた。

この時代の強姦、傷害がどの年代においても群を抜いて多い。遊戯的な動機で行う軽い気持ちやシンナー・薬物を使った環境への不適応による『遊び型』非行の時代と言われている。

1970年代もこの傾向は強く、核家族化によってさらに甘やかしや過保護など保護者の指導の問題が犯罪を引き寄せ、規範意識の欠如や希薄さが見られる。
自動車・オートバイの窃盗といったスリルを求める『遊び型』非行を作り上げた。
1971年、警察に『少年課』が設置され、成人犯罪と離した。

この時代、暴走族に絡む『反社会型』非行も目立ち、より『遊び型』非行が凶悪化する。

1980年代は使い捨ての時代。豊かさの中での非行は、より集団化し、力による抑圧は校内暴力を生み、明瞭な動悸を欠いたしらけきった心理状態の不気味で意味のないいじめを繰り返すようになり、『非社会型』非行という。
現実から逃避することで、弱者の立場を一時的に開放する行動でもある。

1990年代、スクールカウンセラーが導入された時代で、非行歴のない普通の子が突然凶悪犯罪を起こす新しいタイプの『わけもなく非行』が出る。
思想的、宗教的な不法行為をするオウム事件やサカキバラ事件のような『確信型』非行も大きな社会問題を投げかけた。

時代背景が変わると犯罪の傾向も変わる。
凶悪化する犯罪は、終戦直後の衣食住の最も不足した時代の頃の最悪さが、2000年代の今また起きている。
生き方探しの戸惑いからくる非行は、『自己確認型』非行としてフツーに生きていけることを否定する時代へと変わってきている。

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わが身をつねって人の痛みを知れ

年2回開かれる補導員研修会に参加した。

今日の講師は、県のサポートセンター支援事業部の元中学の教頭もしてみえたという方で、「子どもの見方・関わり方」についての講演だった。

サポートセンターでは教育相談や、学校支援・不登校支援などを実施しており、相談事業では来所相談をはじめ、24時間体制で電話・メール・FAXの相談を実施している。
非常勤職員には、不登校の子どもを持つ保護者、NPO親の会代表者2名、不登校経験者3名も携わり、具体的に不登校の相談を行なっている。

学校支援では、講師派遣や臨床心理士などの専門家を派遣する、スクールアドバイザー派遣事業を県で予算化して、学校に負担をかけないようにしている。
また、教師のレベルアップを目指して、若い先生・中堅の先生・ベテランの先生をそれぞれ対象にした「教師塾」を実施している。

こういったセンターの利用をしようとする親子は、少なくても子どもの今の現状を『何とかしたい』という親の姿が見える。

子どもの問題に無頓着で、無視・放任する親がいる一方で、親にも知られないように心の問題にひとり苦しみ自殺する子もいる。
本当の意味での家庭をもっていない子どもが多いからだ。

自殺者33093人(内、未成年者548人)という昨年の数字を今のこの時間にあててみると・・・
一日に、91人
1時間で、 3-4人

今日の講演会の間に、少なくてもどこかで6-8人くらいの人が自らの命を絶っている。

相談する友だちはいなくてもいい、それでも家族に相談できなかったのは何故か?
ストレスの多くは、男性の場合『会社の上司』なのに対して、女性の場合『
ところが、ストレスの解消にいいと思う部分に隔たりがある。
家庭の団らん』、『酒』、『睡眠』といった家庭の安らぎを求める男性に対して、『買い物』、『旅行』、『睡眠』という女性。
夫が家庭にいると安らげず、夫から離れた場所に安らぎを求めるからだという。

家庭の温かさアットホーム(家庭でのくつろぎ)」がなくなり、癒されるはずの家庭が「ハウス」でしかない。
これをまともに受けるのが子どもたちの家庭事情である。
子どもも一歩外に出れば社会の一員であって、おとなと変わらないストレスが学校や家庭内にあるということを忘れがちである。

世代の違いを表わすとき、今どきの子は、昔と違うと言われるが、子どもが変わったのではなく、
『社会がかわってきている』そして、『子育てに関する価値観が変わってきている』

ゆとり教育の始まった2002年から、さらに学歴社会の平等に格差が起こり、塾が量産され、お金にゆとりがある家庭とない家庭とには学力格差も大きく表われるようになった。
各地で給食費未納問題に限らず、授業料が払えない、修学旅行や部活に参加することもできない子どもが今の時代にもいる。

未納問題の中で、生活苦のために給食費が払えない家庭は30%、授業料の払えない家庭は70%ある。(生活苦でもなく払えないのは、モンスターペアレンツ?)

テレビ、パソコン、ケータイの普及は子どもたちの生活の大きな転換になった。
テレビのない頃や、まだ家庭に1台の頃の子どもたちは、外で遊ぶことが多かった。
イヤでも、人との関わりのある場所に出て、考え方の違う相手と関わらざるを得なかった。

家庭ゲームの普及で、外で遊ばなくても時間が過ごせるようになった。
子ども部屋にもテレビが置かれる時代になって家庭内においても接触が少なくなった。
やがて、パソコン・ケータイの普及で人との関わりが仮想化していく。

人との関わりが少なくなると、我慢をする機会が少なく、社会ルールを自然に身につけることもなくなった。

わが身をつねって人の痛みを知れ

という先人の教訓があるが、我慢をしない、仮想社会で痛みを知らないで、放っておかれて育つ子どもは、身体は大きくなっても人間としての心が未完成。
オオカミに育てられたらオオカミに育つ。
人に育てられても、その人が関わったように、人は育つ。
人と動物との違いは、いかに心に深くものごとを感じ取れるか、という『感性』が育つこと。

例えば、【雪が解けると『  』になる。】という問題に多くの人は『水』と答える。
『春になる』と答えた子がいたが、これこそが感性の豊かさと言える。
そういう子どもたちの心と関わることが教育であり、そのための教師志望の大学生の講義も行っている。
『子どもが好き』『先生になるのが夢』というその先に、地域との関わり、保護者との関わりで人と関われる教師が育たなければ、感性を磨くという役割が十分に果たせない。

わが身をつねって人の痛みを知れ、この厳しさを持ちながら関わり続けることが大事。
というお話でした。

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清掃活動から見えてくるもの

私のボランティアのひとつ、学区内の公園の清掃活動が、今年は暑さと腰痛のため思うように動けないでいる。

昨年は、花火の後始末やペットボトル、食べ散らかしのゴミでいっぱいになったゴミ袋を自転車に積んで学区内の点検を兼ねて、週2,3回は巡回していたけれど今年はそうはいかない。
20080820192200 それでも気力のある日は、早朝5時前や次男を塾に送り出した夜6時過ぎに公園チェックをする。
(写真は20日の3つの公園の収穫。昨日確認した食い散らかしのゴミは片付けられ、空き缶と傘を回収した。)

幸いなことに、私の街には清掃ボランティア活動をしてみえる市民のサークルがあって(私もそこに昨年6月から所属している)、私のテリトリーである公園も回って下さるのはありがたい。

私が公園を見て回るようになったのは、育成に入ってパトロールをするようになってからで、チョコチョコとゴミを拾い出してまだ4年に満たない。

夏になると、大きな公園の芝生の一面に撒き散らされたロケット花火や暴走バイクの少年のたまり場になっていた公園での宴会痕などにアルコール缶やタバコ、食べ散らかしのゴミなどが散乱していた。砂場にバーベキューの黒焦げになったセットやプラスチックの買い物かごが溶けて固まっていたこともあった。

この公園に隣接する手付かずのままの空き地の奥は、4年前に秘密のたまり場になっていたこともあり、ブルーシートで作られた基地に粗大ゴミなどの山が2tトラックいっぱいに積まれ、育成委員会の人手を以って大掃除したこともある曰くつきの場所でもある。
(残念ながら私は仕事で参加できなかったが、いまだに語り草になっている)

20080820190854 ここ数年、気になるゴミにエアーソフトガンの空箱がある。

たまり場になりやすい公園や問題視している駐輪場内にはよく見かけるもので、写真はY電気店の2800円台の安い値札シールのもので、万引きしたものではないかしら?と疑っている。

価格も100円から20万円と幅広く、公園の隣にあるY電気店では、半数以上をかぎ付きガラスケースに入れて販売されていたが、このくらいの値段のものが果たしてガラスケースの中か外は次回のパトロールで確認してみなければ・・・。

エアーソフトガンで遊ぶ小中学生の男の子たちは、駐車場に公園とお構いなしにBB弾を打ちまくる。
エアーソフトガンは、青少年健全育成法の有害玩具として指定されたむやみにもたせない危険性のあるおもちゃの一つだ。
ヒーロー遊びにつきものではあるが、その威力から大きさによっては銃刀法に規制されているものもあるし、年齢制限も10歳以上に指定されたものから18歳以上に指定されているものもある

このエアーガンに使用するBB弾は、公園の砂場や遊び場のいたるところに落ちている。6ミリほどのプラスチックのオレンジや赤、白、黄色とカラフルで小さな弾が、幼児の気を引き夢中になって拾い集め、時には誤って幼児が口に入れることもある。

自然分解するバイオBB弾が出るようになって、2年から3年で土に分解するようになったと言われてはいるが、セミバイオBB弾のように10年から20年を要するものもある

学校帰りの児童が車の窓から狙われた、という事件も近くで起きた。公園でサバイバルゲームをしていた中学生が通りかかった子どもを誤って撃つ、という被害もあれば、撃たれた女子の兄からヤキを受けたものもいる。

公園に落ちているゴミとはいえど、パトロール活動をしている者にとってみれば、内容によって、たまり場の様子がわかるモノもあるし、いっしょに落ちているレシートの日付けや内容によっては、タバコやアルコールの購入しやすい店を見つけることも出来る。
植栽の間に、万引きした本のカードや遊戯王のバトルカードが束で落ちていることもある。

ゴミから犯罪や非行の起きやすい店がわかるようになったというのも、大きな収穫だった。
情報の共有が出来るようになれば、同じパトロールをするにしても、抑制効果以上の活動につながると思う。

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30人学級

学校側からみた荒れを考えたとき、オープン教室や児童数、学習習熟度、当時の箱型中学の先生方の不理解などなど、色々な要因があったと思う。

オープン方式の教室が日本で導入されるようになったのは1970年代からで、文科省が「多目的スペース」に補助金を出すようになった1984年以降に採用したところが多く、すでに5000校以上の小中学校が新校舎の施設として導入している。

平成元年生まれの長男が小学校に入った当時・・・
新興住宅地として開校した新しい小学校は、壁に仕切りのないオープン教室で、箱型教室に通っていた子にとっては全く違う学校スタイルだった。

チャイムで授業の区切りをつける、というルールがないため授業の開始と終了が曖昧。
カーペット敷きで、寝っ転がったり、教室を走り回ったりしやすい。
隣教室の授業内容によっては、音が漏れて集中できない。
授業のわからない子が立ち歩いて教室から出て行きやすい。

・・などなど、実際、オープンタイプの学校で検索するとアンケート調査でこういうデメリットは出てくるが、メリットも多い背景から推測すると、担任の授業内容はともかく、教室の児童の適正数が大きく左右していると思われる。

文科省の示す一クラスの適正人数40名とする数字は、低学年や荒れた学校の建て直しによって36人や38人であったり、都道府県によって考慮されてきている。
昔見た設計者のホームページで、オープン教室の適正人数は25人~30人といったところだったと思う。

また、ある保健センター勤務経験のあるお母さんの話だと、ルールの曖昧さやオープン教室で、一番被害にあったのは、LD,ADHD,アスペルガーなどの軽度の障がいが見られる子たちにとっては、広く開け放たれた空間は心安らかな空間でなくなったという。

文科省が、平成14年に「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」を全国5地域の小中学校に実施したところ、
知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示す児童生徒の割合は6.3%
学習面で著しい困難を示す割合、4.5%
行動面で著しい困難を示す割合、2.9%
両方に著しい困難を示す割合、1.2%

平成14年の段階で、通常の40人クラスの6.3%にあたる2.52人の生徒がいるということが知られた。
ちなみに男女の割合は、男8.9%:女3.7%
(ここから→文科省の調査結果にリンクします)

ただし、この割合はあくまでも担任が判断したもので診断されているものではない。
(ちょうどこの頃、障がい児を普通教室に戻したいと訴える親の会の勉強会に参加したことがあるが、このときに見たのがこのチェック表だったと思う。)

このチェック表は、見た目にわからない障がいのボーダーラインにいる診断のつかない子どもたちの指導に困難を感じているというデータにも見える。
「落ち着きのない子」「話を聴かない子」「席を離れる子」「友だちとすぐトラブルを起こす困った子」・・・障がいからくるものなのか?しつけによるものなのか?

その疑問の中で、親の気づかない集団生活の中で見せる子どもの一面にひとりで疑問や問題を抱いていかなければならないことも多かったのではないだろうか。
教室を抜け出す生徒と探しに行く担任、騒ぎ出す教室、学級崩壊・・・

地域・社会に開かれた学校を象徴するためのオープン教室ではあるけれど、最新設備の学校改革モデルを打ち出しているその中身が、こういった問題で閉じていく。

オープンタイプの小学校が私の街に出来て10数年、箱型教室を知らないオープンタイプの小学校出身の生徒の行動が理解できない部分が多々あると疑問視していた中学の先生は多く、箱型教室しか知らないという先生がそこに何かあるのでは?という見方をした。

最近はどうかと、中学の教頭に聴いてみたら「オープンタイプの新しい中学も増えて、そこから来る先生も多くなったので、昔に比べたらだいぶ我々も理解していますよ。」ということだ。

様々な要因が重なって問題は起きる。
障がいのあるないに限らず、信頼関係のないところに指導は通じない。
生活の場にルールがあるように、学習の場にも守るべきルールがある。
「時間を守る」「決められた場所で行動する」「人を傷つける言動はしない」「ものを大切に扱う」「授業の妨害はしない」・・・揺るぎのない姿勢で、ひとりひとりの理解に応じた方法で学校生活のルールを指導して欲しい。

30人学級が実現すれば、こういったキメ細かい指導が成り立ち、ボーダーにいる生徒との関係が修復することで非行問題や不登校に発展する問題からも大きな改善が望めると思うのだ。
新興住宅地の抱く、増え続ける児童生徒のピークが去るまで解決できないのであれば、あり余っている教師志望の方々がサポーターとして採用されることに繋がれば・・・と、勝手な思いをめぐらしてしまう。

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非行少年と学力

7月16日、愛知県岡崎市の東名高速で起きたバスジャック事件で、監禁と銃刀法違反の非行事実で家裁送致された山口県宇部市の中学2年の少年は、非公開の少年審判において、少年院送致などの保護処分か、成人同様の裁判を開く検察官送致となるかなどの処分が審議されることになる。

14歳以上20歳未満の非行少年が家庭裁判所から保護処分を受けたり、有罪判決を受けた14歳以上16歳未満の少年受刑者が送致される施設に少年院(4種類)がある。

① 心身に著しい故障のない、おおむね12歳以上おおむね16歳未満の者を収容する初等少年院

② 心身に著しい故障のない、おおむね16歳以上20歳未満の場合は、中等少年院

③ 心身に著しい故障はないが犯罪傾向の進んだ、おおむね16歳以上23歳未満の者を収容する特別少年院。(16歳未満の収容もできる)

④ 心身に著しい故障のある、おおむね12歳以上26歳未満の者の場合、医療少年院

外部リンク →少年院について

この宇部市の少年の場合、生徒会の役員に立候補するなど成績の良い生徒だったというが、中には初等少年院に入る中学生年齢の子どもたちの学力は、小学校3年生のレベルにも達していないという少年たちもいる。

例えば、九九を途中までしか覚えていない、漢字は自分の名前が書ける程度しかない。
こういった学力の低下したままの状態では、教室にいてもおもしろいわけがない。
中学に入るとさらに、評価の対象として「落ちこぼれ」意識にさらされる。

反省を促されても言葉が出ない、反省文も書けない・・・学力にも問題があったという事実があったともといえる。

少年犯罪を犯し収容される少年たちの学歴をまとめたという記事があったが、ある少年刑務所(人数269人、平均年齢24.8歳)で、
中卒(75.0%):高校中退(21.9%):高卒(3.1%)
という結果だった。

全国にある53の施設(分院を含む)の最終学歴が高等学校卒業に満たない者は、
刑事施設で、22,427人(全受刑者数32,789名)で 68.4%
少年院で最終学歴が高等学校中退の者は、1、587人(在院者4,878人)で 32.5%

↑この数字は、文科省のまとめによる社会復帰のための教科指導で、平成19年度に高等学校卒業程度認定試験を受ける予定だった受刑者・在院者と受験対象の比率と人数。

少年院で行う矯正教育の一つにこういった教科教育があり、基礎学力の向上をあげている。

生徒5人に対して先生が1人ついての学習のスタイルという話もあるが、本来行われるべき小中学校の義務教育が、小学校3年生程度の学力しかついていなかったという事実があるのなら、多くの落ちこぼれてしまい学習意欲が失せてしまうまで放置していた責任はどこにあるのだろう?

こういった少年院での学力向上の更生に向けたプログラムで普通の中学生レベルの学力まで引き上げられた少年の多くは、学校に復帰し、あるいは仕事につき、愛し愛される人ができるという気力もやる気も沸き起こったという少年たちにおいて再犯はない、ということだ。
ただ、恵まれた環境にいたらなかった20%の少年たちにおいては少年院→刑務所といったコースをたどる者もでるという。

つまり、小中学校の義務教育で落ちこぼれが出ないキメ細やかな指導が行うことができれば、少年たちの意識は前向きに向上することも可能だということになる。

少人数制授業や30人学級、サポート体制のある授業・・・生徒ひとりひとりと向き合える学習が社会悪を減らすことになるのではないだろうか

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少年犯罪

今年の1月、地域のネット掲示板に、「この人たちを探しています」と書き込みがされ、午後3時の掲載から夜9時近くまであった記事は削除の対象となった。

地域の掲示板にそぐわぬ内容、加害者の人権など考慮した当然の成り行きではある。
この掲示板を運営している知人にお知らせメールをした人は多く、私もそのひとりだった。

掲示板には、コンクリート詰め殺人された女子高校生の悲惨な死に方と、犯人(当時は少年たち)と思われる名前、電話番号、過去に済んでいた住所、リンクには犯行の具体的な内容と顔写真にいたるまでの書き込みがあったからだ。

事件のあらまし:1989年3月、ドラム缶の中から布団に巻かれコンクリートで固められた人が発見された。
殺害されたのは、東京都足立区内で当時17歳の女子高生で、バイトの帰りに拉致され、41日間にわたって監禁・暴行の限りをつくされ殺害、ほとんど食事もしていない衰弱状態で顔の見分けもつかないほどの暴行、火傷、脳の萎縮があったことがわかった。

この事件は、「週間文春」(1989年4月20日号)によって加害者の少年たちを実名で報道した経緯ある。
この報道をきっかけに犯罪の凶悪化・低年齢化に伴い少年法(少年とは、二十歳に満たない者)の年齢の引き下げや刑罰の引き上げの改正に向けて賛否両論が続いている。

事件は、別件の婦女暴行で逮捕された少年の事情聴取から発覚し、1989年(平成元年)当時、犯行に加わった少年たちは逮捕された。

事件当時、主犯格の無職のAは18歳の少年で、犯行に加わった少年たちは15歳から18歳の未成年だった。
この7人の少年たちの犯した凶行は、41日間のワイセツ誘拐、監禁、強姦、殺人、死体遺棄・・・この当時の加害者は未成年で彼らは、少年A~Gと呼ばれ、服役中に成人してからも少年A~Gと呼ばれていた。

主犯格のAは懲役20年、B、C、Dは懲役5年から7年の不定期刑、E、F、Gは少年院に収容された。
刑期を終えて、すでに出所した彼らに対してと、主犯格Aが2008年に出所するための怒りを込めた書き込みなのか、興味本位のものなかはわからない。

少年犯罪の中でも、サカキバラやこの事件のAのように、殺人の質が明らかに猟奇的な殺人を犯したのが未成年であったというだけで、異常性の探求と治療がほぼ完了したからとか、刑期が終了したというだけで、社会復帰を果たすということが、素直に喜べないことは確かだ。

毎日の新聞やテレビでは、凶悪な事件を犯した者が報道されている。
中でも未成年者である場合、いまだに加害者は保護され、被害者は保護さえ「なし」という状態は今も続いている。

少年院に送致された殺人者である少年たちは、矯正教育としての「更生プログラム」が用意される。
主犯格Aは、事件当時18歳のため、20年の服役を終えた今、38歳で出所する、もしくは、すでに出所している。苗字も変わり、住む家も仕事も用意され、第二の人生を送るという。

ところが、先に社会復帰したNo2のひとりは、苗字を変え社会復帰したにもかかわず監禁致傷罪という再犯をしていた。

事件の一部にかかわった少年たちの中には、罪の意識を持ち反省し、事件の全容を知ったことで精神を病み立ち直れない衝撃をうけたものもいるという。
自分の罪の重さを理解してもそれを受け止めるだけの素地がなく、押しつぶされてしまったのだろう。

犯罪を犯したという「実感がない」というものもいる。命の軽さ・・・そういう扱いを受けてきたということかも知れないが、それを少年院でどう学ぶのか?
それができない限り、更生の意味合いは薄い。

少年院の中には、50年前に考え出されたという、土にまみれて農作物を育てることで命の尊さをわからせようとする科目もあるというが、本当に更生を考えているなら事実と向き合うことや命と向き合うことに時間をかけなければ、被害者は浮かばれない。

実際、「早く出たい」「反省したふりをすれば、(模範囚であれば)早く出られる」といった少年の声もある。
そのために、規則正しい院内生活や号令がかかったら従うといった具合に反省をうそぶき、早く出られたらシメタものだと考える輩もいる。

そして同じことを繰り返し、また新たに被害者は悩まされる。

それならばカウンセリングにお金をかけるべきか?と考えると、同時に被害者も、被害者の家族も受けられるだけの補償がない今、まだまだ被害者置き去りの現状で救いはなく苦しんでおられる。

この事件の背景には、逮捕された7人のほかにもかかわったであろう少年少女たちの存在があるという。
知っていて見過ごした人々である。残忍な犯罪が、まるでいじめの延長でもあるかのように、多くの見て見ぬ振りをした人が事件を容認してしまった部分があるという。

虞犯性のある少年たちがカウンセリングを無料で受けられる場所は、義務教育期間中の中学校である

しかし、あくまでも任意であって強制力がないところにもどかしさを感じている。今は、中学の中であれ、外であれ、手のつけようがなくなれば警察に突き出される。
もっと早い時期から兆候が見える生徒とカウンセラーとの距離を短く持てるようになればと願う。

Diagram (←少年が罪をおかしたらどうなるか)

少年法第3条第1項より
罪を犯した少年を犯罪少年
14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年を触法少年
将来、その性格、性癖、環境から犯罪・触法性のある少年を虞犯少年

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この国が忘れていた正義<日本は加害者に甘すぎる>

9784166605828 (立ち読み→)中嶋博行「この国が忘れていた正義」本文より
著者:中嶋博行(文藝春秋)

日本は加害者に甘すぎるという帯タイトルに共感する人は多いだろう。

著者は弁護士として、「犯罪被害者支援」や「いじめ」問題に取組んでおられ、今の日本は、加害者の更生を理想に掲げる犯罪者「福祉型」社会である、という日本の司法システムの問題点を鋭くえぐりだした上で、「正義」実現のための方策を問いかけている。

犯罪者福祉とは、犯罪者の更生改善を国家目標とする社会である。この社会においてはまず犯罪者の立ち直りに尽力が注がれ、さらにセカンド・チャンスが与えられる。犯罪者が更生すれば、関節的に社会の安全も守られるという論法で、社会防衛は二の次である。

犯罪者福祉先進国のアメリカがそのいい例だった。

反戦平和運動が盛んに叫ばれ、カラーテレビが普及した豊かなアメリカの60年代。
犯罪者にも寛容なリベラル派によって、「犯罪者更生プログラム」「治療(メディカル)モデル」として、職業訓練や教育によって人としての再生を図る。

その後10年、70年代の再犯率70%以上、ニューヨーク市にいたっては犯罪者の86%の者に重罪の前科がみつかったという。
「更生プログラム」によって社会に犯罪者を送り返したことになるとともに、「犯罪社会」を作り出した。

この更生プログラムは、税金によってまかなわれており、「人権」という概念も発端から洗い直し、犯罪者保護に過剰に傾いた「人権」を被害者主体へと転換して被害者救済のための改革案を示している。

気づきのアメリカは、70年代以降「出現しつつある考え方は、刑務所は悪人を苦しめる場所であり、それ以外の何物でもない」という・・・新しい政策「正義(ジャステス)モデル」によって、社会を犯罪から防衛するには、犯罪者の心をいじるのではなく、彼らを徹底的に隔離し、無害化するということを実現していく。

中でも80年代は、性犯罪者は再犯率が高く、性癖は直らないということを示す事件の教訓として懲役刑45年を求刑された少年野球チームの監督の裁判で、驚きの司法取引を行い判決をした。・・・20年の減刑と睾丸摘出手術を受けることで無害化したのだ。・・・「ミーガン法」、「三振法」など

本著では、日本の犯罪者「福祉」予算に2200億円、囚人一人当たりの収容費・作業費(年額80万円以上)、人件費・官署費を含める年額330万円、囚人一人に対して毎月28万円の血税を使って「再生プログラムに消えていくことに疑問を投げている。

民芸品などのコストの低い生産で得られる1年分の作業報酬金9万円に対して、1年分の食費20万円ですでにマイナスなのだ。

そもそも利益を出して賠償させるという「犯罪被害者の救済」が目的ではない。刑務所労働は、あくまでも「犯罪者の更生改善」を目的として行われているにすぎず、罪の償いというには無縁のものとなる。

著者は、江戸川乱歩賞作家だけあって、日本の刑事罰制度の現状や矛盾点を要領よくまとめ被害者救済の改革案を示す、読み応えのある一冊だ。

日本は、30年以上も前に破綻したアメリカの「更生プログラム」を続けているのだという。犯罪者の増産を・・・

犯罪被害者の立場の何とも割り切れない思い・・・懲役刑に服している犯罪者は、懲らしめに合っているわけではなく、現状は被害者は置き去りである。

仕事もなく餓えて死ぬ善人がいる社会の一方で、医療・食事・資格取得・適度な運動・軽作業による作業報奨金が与えられ、30分の自己反省の時間に被害者に謝罪の意を込めた反省が本当にあるのだろうか?

少年法においても、「厳罰化の是か非か」議論、「犯罪者の更生は幻想」、「再生プログラムの無駄」と断じている。

そして、いじめ、少年犯罪にも容赦なく切り込んで正義を問う。

学校でおこるいじめは、暴力や恐喝、恫喝、性的暴行であり、犯罪である。
「教育問題」としてみるのか?
「犯罪問題」としてみるのか?
また、「シカト(無視)」や言葉の暴力は、いじめという犯罪ではないのか?

ここでも「社会で許されない行為は、学校でも許されない」という自論を持つ。

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ここのところ、精神鑑定を行う猟奇的な凶悪犯罪者が多く、私たちのごく身近な日常に潜んでいる。「サカキバラセイト」はその先駆者で、「更生特別プログラム」によって全く別の履歴を持って出所した。

猟奇的殺人をして出所する元少年Aという少年法に守られた青年たちは、実は身近に存在している。

ベールがかかった犯罪者の犯罪に駆り立てられた心理がどこまで再生プログラムによって改善されて社会に返されたのかを知る必要はあると思うのだけれど・・・犯罪にいたる詳しい状況はネットで、かいま見られる。

私たちは、そういった事実にどこまで寛容でいられるか?
そして、残酷な加害者に対して排除することにならないか?

加害者が自分の犯した罪を真摯に受け止め、被害者に対する謝罪と償い行う必要があり、被害者も受ける権利がある。犯罪という罪を社会が許さないという姿勢を小さなうちから植えつけていかなくてはならない。

そうした上で寛容さについても学んでいくことになるのだと思う。

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不登校の増加とサポート

2007年度の不登校をしている小中学生の人数が文科省より発表させた。
それによると、12万9254人(前年度比1・9%増)
小学生2万3926人(0.4%増)、中学生10万5328人(2.2%増)

不登校の理由として、「いじめ・・3.5%」「友人関係・・18.4%」「親子関係・・11.1%」「学業不振・・9.6%」とある。

不登校は、学校を30日以上欠席した生徒を指し、教室に入れずに保健室や空き教室に登校をしている生徒は出席の扱いとなる。また、学校以外の施設として設置されている適応教室サポート校と呼ばれる施設に学校に連絡をした上で登校した場合も出席の扱いとなっている。

これらの教室に入っていなくても登校することの出来た生徒を、文科省の調査の対象とせず、不登校としてカウントされていない生徒もいた。長男の場合も、中学時代を放課後登校という形の出席をしてきたことがあった。

また、病欠という扱いで学校と親が、つじつまを合わせたり、海外留学という大義名分をつけたりしたこともあるのだから、実際のところ、不登校が減少したとされる時期の待遇や処理のしかたが気にかかる。

文科省では、「増えた」とする理由を学校に行けなくなったことで自殺などを懸念した親の意識の変化として挙げている。

“自殺をされるくらいなら無理に学校に行かせなくてもいい”
という考え方に変わったとするなら、不登校という子どもの問題行動の表れを受け止める側の親の意識は、ずいぶんと変わってきたといえる。

しかし、子どもは本当に学校に行きたくないと思っているのだろうか?

「行かない」という選択によって得るのは“学校に行かなくてもいい”という問題の生じた原因箇所から遠ざかることのできた安堵感だ、が・・・

同時に、“自分は社会に適応しないんじゃないのか?”という不安“自分の将来への先行きは閉ざされた”という消失感を解決していくのに、本人の心の転換をはかるためのサポートがかかせない。

私の住む地域でも中学校区毎にひとりのスクールカウンセラーが配置されたが、週2回の出勤、校区内の小学校を合わせて見ている。相談者の親子にとっても担任や学校に連絡した上で相談をしに行くというハードルは、とても高いという印象をぬぐえない。

第一、担任のサポートがあるか?ないか?
また、サポート力は?という点に、大きな分岐点がある。

問題の解決は、本当に小さな芽の内でないと、今まで堪えてきていた問題までもが噴出して大きな殻を作って防衛し、攻撃していってしまう。
“こんなになったのは、あの時の〇〇のせいだ!”

“自分は生まれてこなかったほうがよかったんだ!死にたい!”
“僕を生んだ親のせいで苦しむ!”
・・・ここまで思い詰める子にいたっては、同じように苦しんで解決できないでいる親の反映でもある。

担任がサポートする、ということができない、もしくは十分にはまかない切れないのであれば、それに代わるサポートの仲介者が必要だ。私の校区の場合、仲介者に時間に余裕のある体育指導の教師が補っていたこともあった。

その生徒の信頼する教師、部活の先生、養護教諭・・・だれでもいい、義務教育の間にしかできないことをしっかりサポートして欲しいと願っている。

スクールカウンセラーと生徒との普段からの垣根のない交流が行うことができればいいと思う。

参考記事(不登校2年連続増加 原因は「つじつまあわせ」の破たん?)J-CASTニュース8月8日配信

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