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2008年9月

ゆれうごく親の心

『ゆれうごく親の心をわかってほしい』・・・これが地域の会の講演会のテーマとなった。

一人で悩みを抱く母親が増えている。
子どもの問題に苦しんでいるかのようにみえる母親の多くは、実は自分自身の悩み、心の揺れに気づいていないことがある。
ここに焦点を持っていこうというものである。

29日のニュースに飛び込んできたのは、またしても子殺し・・・朝5時30分・・・小6の男の子・・・不登校に悩む・・・PTA役員・・・人間関係に悩む40才の母・・・一人っ子・・・いくつも気にかかるキーワードが並ぶ。

学校側の会見では、「不登校ではない」学校には毎日来ていた、悩んでいる様子や相談はなかったと、食い違う部分も出てきた。

28日に虐待死の3歳児を入れると、すでに9月の子殺しのニュースは6件目となった。

「子どもが学校に行き渋る」・・・「自分は学校に行かせたい」
「子どもが不憫」  ・・・「自分の病気」
「子どもがお漏らしをした」・・・「自分に負担がかかる」
「子どもがジャマ」 ・・・「自分が自由にならない」

自分の気持ちを解放したいために、子どもの問題に置き換える。
そして、理性をかけるべき超自我の発達が十分でなく親になった人たちのような気がする。
(関連ブログ過去記事→超自我の発達と親のかかわり

父親の話が聞きたいところだが、
学校側は不登校ではないというが、母親は不登校気味というのは、学校側に相談をしていなかったということで、学校に行くまでに行き渋る子と「行きなさい(母)」VS「行きたくない(子)」の朝の攻防はよくあることだ。

いったん外に出て学校まで行くと、普段と変わらない態度を他者に見せるため、不安や心の問題を抱いているようには見えないし、返って見せないように振舞うことが多いように感じる。

これは、母親にも言えることだと思う。
誰にも心の不安や問題を打ち明けることなく、PTA活動に精を出し、問題などないように振舞っていたということから伺える。

母親は、自分の親(祖母)に殺害してから相談をしに行った。
いい子であろうとした少女期に、『自分は本当に愛されているのだろうか?』という不安を持ちながら親のために尽くしてきた人ほど、自分の欲求を抑えて生きる。

孤独や不安、悲しさや無力感が心に影を落とし、うつやノイローゼ、燃え尽き症候群(子どもが巣立った寂しさから、空の巣症候群とも言われている)、何をしても楽しめない、罪悪感や孤独といった自分自身の問題や自分の子どもが可愛くない、子どもの非行や登校拒否、育児がつらい(育児放棄)となって子どもへも影響が起こってくる。

自分自身の存在を認められない人が、他者にまで気をまわすことで、大きなストレスを溢れさせてしまう。
子どもが思春期を迎え、反抗心や言葉の行き違いを感じたとき、昔、その感情をずっと抑えて生きてきた人ほど、目の前で抵抗する人に対して、
『なぜ我慢しないの!?なぜ反抗するの!?』
というショックを受ける。

いい子だったから自分で解決する。

いい子だったから人に相談できない。

がんじがらめの状態で苦しむ人のために計画した講演会企画。

まだこういった講演会に来られる人は、自分を前に押し出すことのできる人たちなのだ。

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地球(テラ)へ・・・私の愛読マンガ

K_take01 『地球(テラ)へ・・・』
竹宮恵子が、月刊「マンガ少年」に、1977~1980年まで掲載していた有名な長編SFマンガを久々に読んだ。

私が10代の頃は、竹宮恵子「地球へ・・・」「ファラオの墓」、萩尾望都「ポーの一族」「11人いる」といった少年にスポットをあてた少女漫画に夢中になった。

実家が新築したとき、こともあろうに納戸に押し込められていたものをうちに持ち帰ってきたのだけれど、しばらく読み返すヒマもなかった。

先日、大学生になった長男が、
『本箱にあった「地球へ・・・」って読んだけど、お母さん昔アレ読んでたの?すごく内容がイイよ!』
と絶賛してくれた。

なんだかとても嬉しい・・・私の青春時代にとても好んでいた本、それも酸化して茶色くなった30年前の本をあの頃の私と同年代になった息子が夢中になって読んでいてくれたということに・・・

そして、しばらく彼の部屋に持っていかれたままだったので、取り返して読みふけった。

・・・あらすじ・・・
三×××年、ワープ航法を可能にした人類は、欠乏する資源を求めて三千光年四千光年をとびこえて行った。
しかし、急速に衰え始めた地球自体の生命力だけは、どんな研究も空しくとりもどすことができなかったのである。
大気汚染、自然破壊、地下には分解不可能な毒素がたまり、生命の源・海からは魚影が消えていった。

老いいく地球・・・人間たちこそが地球を窒息させるのだ、という結論に達した。
環境破壊で滅亡の危機にある地球を再生させるためにとったのは、人類を特殊統治体制(スペリオル・ドミナント)=通称SD=完全な生命管理の社会体制だった

学者たちの手によって完全にマザーに支配されたコンピュートピア(コンピューターに制御された理想郷)で子どもは生み出され、殖民惑星で選ばれた養父・養母に14才まで生育され、14才で成人検査を受ける。

成人検査でパスするとその能力によって地球のために奉仕する記憶(洗脳)が与えられるが、特殊な能力を持つ者たち「ミュウ」の場合、またそれまでに発覚した場合も体制を揺るがせる存在として抹殺される。

ミュウと判定されたジョミー・マーキス・シンは間一髪のところをミュウの長ソルジャー・ブルーによって助けられる。
ブルーに才能を見出されたジョミーは、ソルジャー・シンとしてブルーの遺志を継ぐ。

「ミュウ」たちは、政府の目から逃れ、息を潜めて考えていた。
「自分たちは何者なのか?」
「何のために存在するのか?」
「地球システムの真意とは?」

自分たちの存在を認めて欲しい、まだ見ぬ故郷星・地球への強い想い・・・人類VS新人類彼らの地球を目指す戦いの旅が始まる・・・・。という内容。

ミュウは、体のどこかに不具合があって、そして秀でた能力を持ち合わせているため、異分子としての扱いを受け迫害される。

一方、マザーによって生活のすべてを支配され、感情もコントロールされ、それを疑うこともなく整然と生きる多くの人間たちだが、感情を制御できる良質のエリートにはミュウの因子が受け継がれていることがわかってくる。

死にかけた地球を救うために殖民星や宇宙船で暮らす人々に植え付けられる地球という故郷星への思慕は、愛国精神のようであり、その忠誠心で以って新人類「ミュウ」への迫害や密告というねじれを生み出す。

試験管で育った子どもはコンピュータであるマザーが母親で、理想的な家庭に送られて養父母から愛情を注がれ、教育を受け、密かに監視され、14才にして全く別の役割を与えられる。
全ては愛する地球のために別のコロニーに送られ教育を受け巣立つという設定なのだ。

地球を破滅させてきた現在の私たちの時代に生きる人は、すでに家庭の存在が壊れ、社会での役割が希薄で愛国心もないという者たちもいれば、戦争に明け暮れる独裁者のいる自由のない国に生きる人たちもいる。

危険分子のミュウを排除し、忠誠心のある人類だけで地球を立て直すために他の星に移住する・・・なんて、遠くもない話のような気さえしてくるが、矯正ではなく共生の道を歩んでもらいたい。

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ガスパン遊び

Cassetteガスパン遊び」が繁華街にたむろする少年たちの間でまた流行ってきている。

ガスライター用のガスに含まれるn-ブタンを主成分としている炭化水素系の石油液化ガス(LPG)で、ブタンガスを吸引する遊びのことを「ガスパン遊び」という。

街角や公園の植栽、空き地などにガスライターの缶が大量に捨てられていることもあって注意が必要なゴミではあるが、こういった知識がないと見過ごされやすい。

nーブタンは、中枢神経に対し麻酔作用があり、プロパンよりも強く、高濃度では著しく興奮状態→昏睡→麻酔状態となる。
低濃度では副交感神経を刺激し、唾液が止まらなくなったり、瞳孔の縮小、嘔吐などの症状が出る。

吸引したブタンガスの30~45%が体内に吸収され、大部分は肺から排出されるが、いくらかは肝臓で代謝を受けることになる。
毒性のある化学物質をとり続けることで肝臓障害を引き起こす。

ー20℃以下のガスを吸い込んださい、喉や肺のやけどをおうこともあり、粘膜の浮腫や咽喉のけいれんが低酸素血症(酸素をうまく取り入れられなくなる)を引き起こし、徐脈(脳に酸素が送れなくなる)や心停止を引き起こす

その他にも、中毒性があるため、吸引量も増えやすく一日中吸引したケースもある。
吸引後数分で興奮状態になるなど症状が即効で出やすく、酔った状態や高揚感から「飛べるような感覚」から3階から飛び降りたものもいたり、幻覚・幻聴から何をするか予想ができない。

車の中など密閉した場所で吸引したためにタバコの火に引火して爆発するといった危険性もある。

臭いも残りにくいため、一見するとわかりにくいかもしれないが、幻覚症状がシンナーよりも弱いとはいえ、やがては普通に生活することが困難になる中毒性のある「危険な遊び」であることに変わりない。

ゴミとして見過ごされやすいが、『ガスパン?』という疑いのある缶をいくつか見つけたら最寄の警察生活安全課や補導センターに連絡をして欲しい。

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闇サイトに巣くう犯罪者

悪意つなぐ「闇サイト」見知らぬ3人結託(中日新聞9月25日)

昨年の8月24日、磯谷利恵さんが拉致・殺害された事件の初公判が名古屋地裁で始まった。

闇サイトで3日前に知り合ったという川岸健治(41)、掘慶末(よしとも)(33)神田司(37)の3人は、深夜の路上で帰宅途中の女性を拉致し、現金を奪い、駐車場で命乞いをする女性をロープで首を巻き両方から引っ張る、ガムテープでぐるぐる巻きにし、ハンマーで4ー50発殴って殺害し、山に捨てるという残忍な犯行だった。

この事件は、「自主したのは気の迷い、なんとなく自主をしようと思った。」という川岸が翌日、自首したことによって、あとの2人も逮捕された。
ところが、この川岸が主犯格闇サイトを通じて面識のない堀、神田と犯行を計画していた。
この事件の前日にも川岸は闇サイトで知り合った別の男(本堂・29)と事務所に忍び込み、川岸が見張りをせずに逃げたため本堂は「馬鹿らしくなった」として警察に自首をしている。

犯罪の温床になっている闇サイトで知り合った3人は、なぜ磯谷さんを選んだのか?

磯谷さんは、自宅まであとわずかというところで、道をたずねる振りをした川岸らによって、車に引きずり込まれた。
磯谷さんに目星をつけるまでの間、名古屋市内を物色して回っていたという。

物色相手は、20代後半から30代前半、派出でなく黒髪、質素なOL風の感じ=「お金を持っているだろう」というもの・・・お金目当てで銀行の暗証番号を聞き出したあと殺害するまでの計画を勢いで立てたというのだ。

謝罪の言葉は全くなく、犯行に及んだ自分たちも女性も「」だったと言い切る。

この事件で使われた闇サイトは閉鎖されたが、殺人や恐喝などを呼びかける仲間探しや犯罪に使う道具(通帳や拳銃など)のやりとりが行われるサイトは後を絶たない。

こういったインターネットの2007年度のホットラインセンターへの通報は、すでに8万5千件以上に増えてきている。
これはあくまでも見ることのできる情報の部分で、見えない部分のやりとりは大げさかもしれないが宇宙規模に広がっているようだ。

一つの所轄で一日5件の中傷・オークション詐欺などの相談が寄せられ、このうちの1・2件がサイバー犯罪の相談だというのを地元の生活安全課に聞いた。

この時間もどこかで、こういった犯罪のやりとりがどこかで行われているかもしれない。

今回の事件での報道で川岸と面会した記者によると、
『気の迷いから自首した。死刑が怖かったのではない。組んだ相手が悪かった、違うやつと組んでいたらまた違ったかもしれない。出るころは俺は60か・・・』と。

心のない冷酷な犯罪が起きるたびに、罪のない犠牲者や家族の苦しみが、法廷でまた辛い現実と向かい合う。
結婚を間近に控えていた犠牲者・磯谷さんの未来は閉ざされ、一人残された母もまた辛い戦いの場となるだろう。

『刑期』という犯罪者に対する制裁が、犯罪に対する罪の意識や反省を省みることなく『刑期終了』=『更生』・・・生まれ変わって・・・という意識のもとで、それまでも、これからも人権が守られるということに憤りを感じる。

謝罪なき更生はあり得ない。

この事件の判決は来年3月18日に言い渡される予定。

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おとなが子どもに見せたくないもの

大人が子どもに見せてはいけないと思う態度・行動ランキング(gooランキング9月25日)

ランキング順位は、
① ゴミのポイ捨て
② お礼や感謝の言葉を述べない
③ 公共のものを大切にしない
④ 約束を守らない
⑤ 失敗したとき、人のせいにする
⑥ 注意されると逆切ギレ
⑦ 店員・他人に横柄な態度で接す
⑧ 知っている人に会っても挨拶をしない
⑨ 陰で他人の悪口を言う
⑩ 嫌いな人を無視したり、意地悪をしたりする

駅に向かって歩いていくと、通勤するお父さんたちのポイ捨てタバコの吸殻ゴミがどんどん増えていく。
中には、女性や高校生が歩きタバコをする姿も見る。
車道沿いの歩道や植栽には、スーパーのゴミ袋が絡み、マクドナルドの紙袋やゴミ、空き缶が転がっている光景が目に入る。

ランキング上位ということで、多くの人がこの光景に「心地よくない」と感じ一票を投じたののだろう。
そういう気持ちの人が多いということ・・・関心がないわけではなかったんだ、というホッとした気持ちと、何かのきっかけやタイミングがあれば積極的にゴミ拾いに参加する人がいるのではないか?とも思う。

朝、校門近くで挨拶運動を行いながら清掃をしている教頭先生やセーフティのボランティアの持つゴミ袋に、拾ったゴミを入れる児童の姿を見て、とても清々しい気持ちになった。
拾ったゴミをきちんと受け渡せるおとながいて、そういうおとなの姿や姿勢に共感していないと自然にできることではない、そう思った。

「ゴミを捨てないで!」ではなく、「自分の作ったゴミは持って帰りましょう!」

ついつい、軽い気持ちで・・・ゴミ箱がなかったから、そう繰り返される一つの行為が環境や治安の問題にまで発展する。
自分の作ったゴミは、自分のポケットやカバンに入れて持ち帰る、それだけでいいこと。

子どもには否定ではなく、肯定する言葉で声かけをするとともに、それを行動で示すことで正しい行動やマナーが身につく。
おとな自信が身を律していない規範意識の薄い社会で、「見られていなければ何をしてもいいんだよ。」という考えがはびこることのないようにしていこう。

『子は親を映す鏡』であると同時に、子どもたちは周りのおとなたちの映し出す社会を見て育つ』、ということになる。

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福岡の小1殺害の親に思うこと

confident ブログ開始から1年が経ちました。
まずは、ここまで続けてこられたことに感謝を申しあげます。

福岡市で起きた小1の男の子殺害事件は、被害者を装う部分もあったが、母親による将来を悲観した発作的なものだった。
「育てにくい子」「落ち着きのない子」で悩んでいたという部分で、発達障害の子だったのかな?という予感があたった。

Cocolog_oekaki_2008_09_23_16_35多動性ー衝動性の問題を著しく示す子どもの割合は、全国の公立小学校の生徒41,579人を対象とした場合、2.3%の子が該当した。
全国調査からみても3-5%の割合になるという。
(文科省2002年調査通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国調査

一見するとそこらへんにいる子と同じような発達状態に見える子が、思いもよらないような行動に出る。

例えば、突然お店の陳列棚に足をかけて登りだしたり、お友だちの持っているおもちゃを取り上げるために噛み付いたり、石をなげたり、突き飛ばしたり、周りのおとなは注意をするが、聞かないために、「なんて躾の悪い子なんでしょ!」と陰口を叩く。

やっていいことと悪いことの区別をはっきりつけようと親が過剰に注意を払うと、今度は「何もあそこまでしなくても・・」などとも言われ、ADHDの症状からくる子どもの行動が親、特に母親の躾や教育方法にさも問題があるように捉えられ落ち込む人も多い。

幼稚園や保育園の受け入れも制限がつくことがあり、集団生活に入るとトラブルもそれだけ多く出てくる。
小学校にあがると、さらに集団の中での規律でめだってしまうことになるだろう。
ADHDはその子の特性だとおおくの理解者を育てる必要が出てくる。

声かけの仕方は多くの子どもたちに共通する理解できる声かけでもある。
「何度行ったらわかるの?」・・・わかりたいけど理解できるように伝わっていない。
「がんばって!」・・・何をどうがんばるのか?もっとわかりやすく伝えて。
ちゃんとして!」「おりこうにして!」・・・どういうこと?私のやっていることは違うの?

とても努力しているの、わかるよ。」という気持ちの汲み取りや「ありがとう。」「よくできたね。」といった評価を与え、根気強く子ども目線に立ったわかる方法で伝わる努力をする・・・そういうとても長い目で子どもたちを支える必要がある。

子どもたちを支えるのは親であり、その親の努力や悩みを知ること、話せる人や場所が必要だと思う。

ー 症状への理解 -

「不注意」「多動性-衝動性

学校での勉強で、細かいところまで注意を払わなかったり、不注意な間違いをしたりする
手足をそわそわ動かしたり、着席していても、もじもじしたりする
課題や遊びの活動で注意を集中し続けることが難しい
授業中や座っているべき時に席を離れてしまう
面と向かって話しかけられているのに、聞いていないようにみえる
きちんとしていなければならない時に、過度に走り回ったりよじ登ったりする
指示に従えず、また仕事を最後までやり遂げない
遊びや余暇活動に大人しく参加することが難しい
学習課題や活動を順序立てて行うことが難しい
じっとしていない。または何かに駆り立てられるように活動する
集中して努力を続けなければならない課題(学校の勉強や宿題など)を避ける
過度にしゃべる
学習課題や活動に必要な物をなくしてしまう
質問が終わらない内に出し抜けに答えてしまう
気が散りやすい
順番を待つのが難しい
日々の活動で忘れっぽい

他の人がしていることをさえぎったり、じゃましたりする

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セーフティ、うざい?

先日のフリートークで小学生の男の子の言葉が気になった。

セーフティーうざいsign03

小中学校の登校時の安全を守るために発足した市のボランティアで、学校から地域や保護者に募集を募り登録された人たちのことをさす。

発足当初は、ちょうど次男の通う小学校が児童数の過剰で分離し、開校したばかりの状態だった。
保護者会も機能していない状態で、学校側のいいようにいくつかの委員会が作られた。
・ 保護者会つくりに手をあげた委員会
  (私はここに入った)、
・ 秋に行われる運動会と資金稼ぎ?のためのバザー協力をする委員会
・ 校歌校章を担当する委員会
・ 子どもたちの安全を守る委員会


この子どもたちを守る委員会のメンバーの多くが、市のボランティア登録を行いセーフティーのメンバーになった。

当初、パトロールや育成委員会の協力をする目的で作られた委員会は、セーフティーの名の元に、校門と通用門、信号のない横断歩道2ヶ所に立つことを決めた。

ところが、23名の役員で毎日をこなすことは不可能なことで無理が出てくる。

熱心に『危険な場所に立つ』と決めた数人が、
自分が立っていないときに何かあったら・・・)
という思いにさいなまれ、無理をしても立とうとする。
反対に、何もそこまで強いられる活動になるのはおかしい、と思う人も出てくる。

そうなると、保護者会を立ち上げようとする私たちのところや学校に対して、
「他の多くの保護者に対して、当番で全員が年に数回でも立つべきだ
という主張をし、通らないことで私たちに反感を持つようになった。

このとき私たちがやろうとしていたことが、
『自宅の前でできること、無理なく長く続けられることで、子どもたちの登下校を見守ろう』
という運動だった。

何度も繰り返すことになるが、
登下校の特に下校時間の3時から4時前後
下校時の道路上・駐車場付近、公園付近に子どもたちの多くが狙われ、それもひとりになったとき、いつも通る道筋から自宅付近の気が緩んだときなどが危ない。

子どもたちの集中する登校時間の横断歩道や門前で子どもたちにあいさつの声かけをするのはとても安心感があることだ。

ところが、声かけの言葉に問題がある。

Cocolog_oekaki_2008_09_22_23_03 高学年の児童に、
「あなたまた遅刻よ。もっと早く家をでなさい!」
「あいさつは?先生にいいつけるわよ!」

本当にあいさつのしない子が多い、という注意を受けて学校は全校集会で、
「セーフティーのボランティアの皆さんは子どもたちの安全を見守ってくれている方々です。きちんとあいさつをしましょう。」と・・・

あいさつを返さない子や、うつむいて歩く子、遅刻をする子に容赦がない。
セーフティーボランティアは、自分たち以外の保護者に対しても、気持ちのよいあいさつを返してはくれない。
(毎日私たちはこうやって子どもたちの安全を見てあげているのよ!)
と言わんばかりの横柄な態度に陰口もついた。

・・・そういうことが数年あった。

朝の声かけは清々しい一日の始まりでもある。
自分からすすんで行っているボランティア活動である以上、気持ちのよい声かけを心がけて欲しいと思う。

朝から親とケンカして家を飛び出た子かもしれない・・・
調子が悪いのに無理して出てきた子かもしれない・・・
おとなの世界がストレスで病んでいるように、子どもの世界も高学年にもなると、いじめやストレスもある。

子どもたちの安全と安心を願う親であり、地域のひとりとして見守ってあげたいと思う。

やっているとか、やらされているという思いは捨てよう。

校門の前や危険な横断歩道まで出て来て見守ってくれる人、毎日無理なく玄関前や自宅近くで子どもたちの帰りを見守り続けている人、そういういろいろな気持ちを持った人たちがいること、それも大切なことだと思うのデス。

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公園の死角

18日午後4時ごろ、福岡市の公園で行方がわからなくなっていた小学1年の男の子が殺害された状態で見つかった。
22日朝、母親が殺害したとして逮捕された
そしてまたしても21日正午、千葉の東金市の公園近くの資材置き場兼駐車場で5歳の女児が殺害され見つかった。

昨年の私の県での事件結果をまとめたものを見ると、子どもが事件に巻き込まれる場合の「路上」の被害が70%を占め、次いで「公園内」がほぼ8%、「駐車場内」が1%という統計が出ている。

被害に遭った時の状況はひとりでいた79.6%、ふたり以上20.4%となっていて、一人でいる状態に事件に巻き込まれやすい。

Cocolog_oekaki_2008_09_22_00_34公園内のトイレを設置する場合も、実は多くの配慮がされていて、
① 園路や道路から近い場所、周囲から見通しが確保された場所であること
② 入り口付近や内部の照明が人の顔や行動を明確に識別される明るさであること
③ 防犯ベルが設置されていること

防犯上、見通しを確保するための死角を作らない植栽の配置も考えるように措置されるようになったとはいえ、大切なのは人の目があることだ。

公園清掃のボランティアをしていて思うのは、トイレの裏側が死角になっていると感じることだ。

空き缶・折られた植栽・お菓子のゴミ・捨てられた自転車・・・
一週間に一回程度しか回れない公園のトイレの裏側にもゴミが捨てられている。

近隣の住宅地の人の目を子どもたちの防犯に勤めてもらうような広報も怠っているように思う。
とはいえ、近隣の地域の住民が子どもたちに関心がなくなってきていることが問題で、夏休みに行われるラジオ体操すら「うるさい」と苦情が出るほどだ。

人任せ行政任せにするのではなく、自分たちの街の財産である公共物とかけがえのない子どもたちに関心と目を注いで欲しいと思う。

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自由とルール・・・やっと終わった!

心配していたことは、すべて吹き飛んだ。
台風は去るし、「フリートーク」に参加する生徒の希望者はゼロだったが、先生の働きかけと飛び入りもあって、中学生18人と小学生2人が参加した。

12時半から会場準備と同時進行で、コーディネーター氏とサポーターとの打ち合わせを行った。

おやつを用意して和気あいあいの雰囲気で笑い声も出ている。
ちょっと早い集合ということもあってか、軽食に用意してもらった手作りサンドウィッチも「おいしい」と評判ですぐなくなった。

胃袋も満たされたところで、登校風景のビデオを見ながら、今日の進行について簡単な打ち合わせが行われる。

会場の準備もいち早く終わり、生徒たちを囲んで優しい笑顔の大人たちが自然に中に入っていった。

簡単なあいさつと経緯を説明して、2時5分開始で4時終了までの2時間以内に、
「何がどう困る」 「「どういう動きか」 「どういう理由があるから?」 「原因は?」 「解決は?」 「対策を行うのはどういうところ?」
というシナリオに沿って問題を問いかけ、解決を導き出すところまでを行う予定だ。

この問いかけの「なぜ?」「なぜ?」に参加する生徒は最初は戸惑うだろうということも理解済みで、参観者の方にも、「子どもたちに与えたルールの解説も織り込み済みだ。

子どもたちの発言は、「ブレーンストーミング(BS法)」に基づくもの・・・というルールがある。
公の場ではなかなか自由とはいえない中学生に、
「発言の自由」 「批判を受けない体験」 「自由な発想」 「みんなで考える楽しさ」を味わってもらおうという思いが込められている。

中学校の前を通る人にスポットを当て、中学生をあえて「小学生」「通勤者」「自転車の人」「散歩する人」の4班に分かれてそれぞれの立場に立って考える。

自由さの中にある制限が実はここにも隠れている。

例えば、中学生が散歩する人の立場で横に広がって歩く中学生の姿考える・・・なぜ広がって歩くの?・・・たのしいから・・・どう困る?・・・子どもを見つけて犬がはしゃぐから困る、ジャマで困る・・・じゃあどうすれば解決する?・・・歩き方にルールを考える、登校時間に時間差をつける・・・などなど

歩きかたにルールが必要だ、という導きを自分たちが気づいていく。

あっという間に時間は終わった。
少々急いで解決までに結びついたが、コーディネーター氏の素晴らしいプログラム展開と話術があってこそのとてもいい会となった。

まずはひと段落つきました・・・good

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コンビニ調査

青少年補導員が年1回行う活動のひとつに 補導センターの先生と回るコンビニ調査がある。

Cocolog_oekaki_2008_09_19_21_10有害図書と呼ばれる露骨な性描写や暴力のある出版物が手軽に見られる場所のひとつがコンビニの立ち読みコーナーで、未成年者が気軽に立ち寄り手に取りやすい状態でもある。

多くのコンビニ店の窓際にある出版物のコーナーのマンガや週刊誌に混じって陳列されているが、未成年である18歳未満の者に対しては、売ることはできない

「青少年健全育成条例」(青少年保護育成条例とも)で定められた販売方法がきちんとされているか?という調査をする。
学区内にあるコンビニ全店を見てまわるのだが、いくつかのチェックポイントがある。

  • 有害図書に指定された出版物が他の書物と区別された場所に陳列されているか?
  • 区別されていることを知らせるガード(10センチの幅ほどの目隠し)があるか?
  • そのコーナーに、「18歳未満の者の閲覧・購入を禁止する」旨のPOPがついているか?
  • 出版物は、閲覧ができないようにされているか?
    (例えば、目立たないように透明テープが2ヶ所に止められていたり、ビニール紐でくぐられていたりする。)
  • 有害図書のコーナーは、レジから見える位置にあるか?
  • ミラーや防犯カメラででも見える位置にあるか? などなど

あくまでも調査の一環で、他にも目的がある。

タスポが導入されてから、未成年者が年齢を偽って買いに来るものやすごむ者もいるし、タバコと一緒に販売されているブタンガスを含んでいるガスライターを使った中毒者があとを絶たない。
中毒者がでているという現状とその怖さについての広報も行う。

時期的に夏休みのたまり場の現状を聞くことも出来る。
普段、育成パトロールの立ち寄り店にしているせいか私の学校区の調査は、店主と補導員の顔がお互いにわかっているので、とてもいいと一緒に回った先生に褒められた。
どうも他の校区では、「はじめまして」のあいさつから始まるので、とても時間がかかる調査になるという。

さて、結果は・・・

あるコンビニでは、時間を作って有害図書の一冊一冊を、ビニール袋に包んで未成年者のみならず閲覧者に対しても厳しい制限をつけているところもあった。

そういうコンビニの店主は、実に誠実に私たちに正直に話をしてくださる。
若い店員が体格のいい中学生にうっかり確認を怠ってタバコを販売してしまったこともあったらしい。
すぐに気がついて回収の押し問答になったので、処罰を覚悟で警察に通報して、阻止したという。
中学生たちは、すぐ逃げたが二度と来ることはなくなった。

日頃の目配りや、フォローがきちんとされているところは心強い。
犯罪の一歩手前を踏み留める力になってもらえる店の毅然とした姿勢は気持ちいい店の雰囲気にもなっている。

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娘の問題、母親の問題

Cocolog_oekaki_2008_09_18_22_28地域の会より・・・

ふた月に1・2回の割合でカウンセラーの先生を囲む会を催している。

この地域の会では、中高生や大学生の子どもを持つ親が、子育ての悩みや問題について思ったこと、感じたことを『自由に話すこと』、『黙って聴いているだけでもいいこと』、『人の話を否定しないで受け止めること』などの取り決めをあらかじめ行う。

そして、先生がひとりひとりの気持ちから発した言葉を優しく受け止めてくださる。
先生のアドバイスや聴いている人たちの共感の空間がとても素直な気持ちにさせられ、それぞれがそれぞれの抱える問題を吐き出したり、うなずいたり、一緒に泣いたりさせられる時間を作り出す。

今日は、親子の中でも「母親」と「娘」にスポットが当てられた内容になった。

子どものことで問題を抱くと、この子が落ち着けば私も落ち着くだろうと考える
ところが、問題に向き合うようになると見方が変わってくる。

私が落ち着けば子どもも落ち着くようになると・・・

子どもの抱く問題のひとつに「ひがみ」がある。
娘と息子といった異性のきょうだいがいる場合、自分が自分の親に関われたように、自分は娘に関わっているということに気がつくようになる。

親が自分にしてきたことで許せない思い、ひがみ、せつなさ、くやしさ、理不尽さ・・・そういった思いが自分の意識の中に存在する。

自分の母親にこういった感情を引きずったままでいると、自分の娘に対する思いの中にこういった感情を映し出す。

私の場合20数年間、生後間もなく娘(姉)を亡くした母親の感情に振り回されて生きてきた。
物心ついたときから仏壇の姉の位牌に手を合わせさせられて育った。
風邪をこじらせて亡くなったと教えられてきたが・・・母親を快く思わないおばたちによって、実はあなたの母親が不注意で娘を殺したようなものだ、と教えられた。
それも私が初めて長女を出産したときに・・・だから、あなたも気をつけないといけないよ、と。

このときに、私は気がついた。
私の母は、この人たちによって責められ、いまも責められて生きているんだと。

いつも私を振り回し、自分の正しいと思うほうへ私を動かそうとする母を疎ましく思っていた。
私は、反発をしないいい子で育った・・・でも心の中では、いつも母を責めていた。

自分の気持ちを受け止められて育っていないせいか、人に甘えるのも不器用で、自分の中でいつも問題をひとりで背負い、解決し、時には投げ出したりしてきた。

今、自分の娘が同じような状況に直面している。

母親を許そうとしたし、自分の気持ちを変えなくては問題は解決しない・・・そう、自分の意識の世界でわかってきたし、努力をしてきたつもり・・・だった。

ところが、つもり・・・という実感の伴わないかけ離れた現実がいつも待ち受けている。

先生のアドバイスは、自分を変えなくてはいけないと思う気持ちは意識の世界で、意識の世界は知識の世界であって、本当に変わるということは、深層心理の無意識の中にあるのだという。

『自分を変えるというときには、支える人が必要になる。
支えてくれる、受け止めてくれる人によって、自分の溜まって吐き出せなかったことを安心と信頼の場所をつくり、語らせることで重いものが離れていく、これが無意識の世界で、今のこの時間、空間なんですよ。』

昨日の公園で出合った初めての不登校の少女と私の会話であったり、その前の私とコーディネーター氏の空間であったりすると思うのデス。

(関連記事より)
公園で出合った子・・・初めての不登校

問題ない!

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公園で出合った子・・・初めての不登校

朝のあいさつ運動が終わった後、自転車で公園のゴミ拾いに走った。

いつもは、たまり場になっている公園の方へ走るのだが、今日はたまに立ち寄る程度の公園にふらりといった。

すると、反対側の住宅街の入り口から中学生くらいの女の子が私服に通学バックをもってベンチに向かって歩いていくのが見えた。

学校に行き辛い子なのかもしれない・・・あいさつをして横の席に座った。

私 「学校でつらいことでもあったのかな・・って思って、気になって声をかけたの。
   〇中の生徒さんかな。何年生?
   ・・・そう、2年生、よかったらおばちゃんが話を聴くよ。」

彼女から聴いた話・・・
6年のころから、B子たちのいじめにあっていた。
母親が担任と話をして治まったようには見えたが、それでも時々悪口を言われたりした。
中1になった1年間は、B子とクラスは違ったが出身校の子を通じて他の学校の子からも嫌がらせを受けた。
しつこいいじめにあったので、担任だけでなく警察にも相談して、少し治まった。

2年生のクラス替えで、またしてもB子と同じクラスになった。
クラス替えで新しく友だちになった子たちのグループにB子とC子が割り込んできた。
学校に行くのが辛くなったが、母親からも責められて、行かないと殴られる。
何とか我慢して学校にいったが、自然教室の班分けで省かれ無視されるようになった。

自然教室には行かなかった。
帰って来たクラスの子たちの話題は楽しかった思い出話で一人取り残された気持ちになった。
先生は、席替えや相手の生徒と話を持つように勧めるが、自分はもう何度も同じ思いをしてきたから気が進まない。
学校は楽しくない、辛いことばかりで家にも居場所がない・・・

親や担任は場合によっては、その場だけを治めようとする。

私 寄り添って気持ちを聴いてくれる人がいなかったんだ・・・辛かったね。」

涙をぬぐいながら、少しずつ可愛い笑顔が見られるようになった。

しかし、このままここで話を聴いてばかりもいられない。

私 「もうしばらくすると、小さい子を連れたお母さんたちがここに遊びにくるよ。
   ここに居づらくなるし・・・明日のことまで考えられないかもしれないけど、学校から連絡を受けて今日行っていなかったこともお母さんにばれちゃうね。
   殴られちゃう?
   教室に入らないで事務所のそばの特別室で先生に話を聴いてもらうか、補導センターの先生に話を聴いてもらうかしてみる?」

学校に行きたくないということで、センターを選んだA子の希望もあって、センターの先生が迎えにきてくれることになり、私にもついていって欲しいということで同行した。

学校に連絡するということをA子に確認してから電話をする。
すべて彼女の意思に確認をとりながら行動を進める。

おとなの考えで、「学校に行こう」「教室に戻ろう」とさせる。
おとなの見方で、「もう大丈夫だろう」と、元のさやに収まったように見る。

しかし、B子はおとなの前では反省した態度をとる。
クラスのムードメーカーのように振舞うB子とC子が、A子の居場所をクラスからなくしている。
誰も、そんな自分のことを見てくれない。

おとなの考え、見方でしかなく、自分に寄り添ってくれる人が今は必要だったように思った。
それからでないと先には進まない。

とりあえず、担任の教科が4時限目であくのを待って、学校で報告だけをしてから自宅に担任とセンターの先生が行くことになった。

私はここでA子とは別れるが、
「自分ひとりであそこにずっといて、明日はどうするとか、今日はこれからどうなるとか・・・どうなったかわからないけど・・・
いいのか悪いのか、私に遇ってしまったわけで、おとなの味方を一人は作ったのだから、もう一人で悩むことはないよ。
話をしてもっと自分の見方をつくっていくのよ。」

と言って別れた。
どこかで聴いた台詞のようだが・・・本当にそうなのだ。

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子どものケータイと犯罪の入り口

サイバー犯罪防止教室が中学で行われた。

地域ぐるみ学校安全体制推進事業に登録されている学校・保護者会・地域の代表が生徒たちの授業を参観する。

体育館は、いっぱいに集まった生徒の数900人(800人だと思い込んでました)で、むせるような熱気に包まれた1時間20分の間、県警本部から見えたセキュリティーアドバイザーnによるネット犯罪の話を聞いた。

今年の12月に行った育成のネット犯罪は、20未満お断りのきわどい映像や緊張感があって、眠気も吹っ飛ぶような実態を先生や保護者に見せた内容だったが、今回は中学生に向けたものだ。

中学生であるキミたちは、怖さを知らずに興味本位や不注意で入ったり、ちょっとしたイタズラ心でやってしまったことが、犯罪の被害者にもなるが加害者にもなるんだよ。

そういうメッセージを込めたものだった。

昨年、犯罪に巻き込まれた場所の統計がでたが、1位:路上、2位:繁華街、3位が公園にかわって、インターネットが急浮上した。
数年前に比べても、ケータイの子どもの所有率が増えてきた。

学校でとったアンケート調査では、
中1(55%)、中2(59%)、中3(65%)
小6では、
A小(36%)、B小(30%)、C小(28%)、D小(27%)

子どもにケータイを持たせる親も増えている。
ところが、その親の理解を超えた使い方を子どもたちが行っているとは思いもよらない。

所持している子どもたちの声は、
チェーンメールが届いて怖い思いをした。
チェーンメールを何人かに送らないと「死ね」というメールが来た。
出会い系サイトのメールが来た。
知らない人からの電話やメールが来る。
自分のプロフにひどい書き込みをされた。
スパムメールが届いた。
・ゲーム検索をしていたら、変なページにつながって、お気に入りに勝手に登録された。
・ブログで喧嘩した。
無料サイトに登録したのに請求書が届いた。
知らない会社からメールが届くようになった。
などなど・・・

子どもたちのすぐそばにあるケータイやパソコンが、想像以上にトラブルに見舞われている。

『中傷書き込みで高1女子自殺
『プロフに悪口書かれたからと金属バットで暴行の高1重体
『2ちゃんねるに「子ども殺す」予告の小学生補導

報道される子どもたちは、加害者であったり、被害者でもある。
そして、遠い場所だけでなく、身近でもトラブルに見舞われているという緊張感がおとなにも必要だ。

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嬰児殺しと赤ちゃんポスト

13日の早朝、福島県で生まれたばかりの女の赤ちゃんが川に投げ落とされ、40歳の母親が逮捕された。この女性には、夫も小2の長男もいる。

生まれたばかりの赤ちゃんが殺されるという事件は、先日も目にしたばかりだ。
1歳未満の嬰児殺しは、昨年事件としてわかったものだけで22件、そのうち出産直後の殺害は昨年より2件増え、10件となっている。

赤ちゃんだけでなく、就学時期になっても居場所のわからない児童や中学生の年代の子どもたちは、395人という文科省の調査がある。

平成12年の調査で、虐待児童として児童相談所に保護された子どもは、196人。
ここのところ毎年ほぼ横ばいの状態で、これだけの子どもたちが被害を受けているという。

熊本市にある慈恵病院の赤ちゃんポスト、通称「こうのとりのゆりかご」が賛否両論の中、動き出してから一年、16件の命の保護があった。最近も、外国の赤ちゃんを初めて保護したというニュースがあった。

赤ちゃんポストを巡っては、「失われる命が助かる」×「捨て子の助長は虐待につながる」という意見の対立がある。

後者は、児童相談所などの公的機関の敷居を低くすることが優先という学識経験者もいた。

助かる命があるのなら・・・ゆりかごは確かに16人の子ども命を救ったし、
子どもの命に関わる問題が身近にあるとき、誰かが気づいて、公的機関が助けてくれるという認知があれば、誰もが保健所児童相談所に虐待や相談で駆け込むだろうが・・・実際はどうか?

平成18年のデータからすると、相談件数380,950件で、虐待に関する相談は、うなぎのぼりに増えている。
相談件数の51%は障がいに関する福祉相談で、次いで養護相談(虐待が含まれている部分)が20%の78、698件とある。

相談によせられる虐待を行うのは実母が最も多く、23,442件(62.8%)、次いで実父の8,219件(22%)となっている。

全国に196箇所(平成19年)ある児童相談所が抱える相談件数は、一箇所あたり1943件の相談を受けているということになる。(365日フル稼働で一日5件強)

敷居を低くするとさらに相談件数も伸びる。
助かる命を繋ぐためには、窓口を増やし、キメ細かいケアが必要になってくる。

平成18年度 社会福祉行政業務報告より

望まない命を授かった場合の手段として中絶があるが、その理由の多くは、
若すぎる、結婚していない・できない、育てられない といったところだろうか。

中絶するお金を用意できない場合の次の手段が捨て子や子殺しになる。
そうなると、保健センターで母子手帳をもらうこともなく、人に知られないように妊娠していることを伏せて暮らしている人が相談できる場所は?

公的機関が、個人のプライバシーに配慮しつつ、そういった場所をあえて確保できる、そういうことができるとは思えない。

青少年への性教育も十分でない、家庭も機能していない、生活保護や低所得者の保護も十分でない
そういった中で、慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」は、3年という準備期間をもって「こういうことができる」と動き出した慈善事業だ。

Cocolog_oekaki_2008_09_15_11_59    ※お絵描きモードを試してみました

人と人との繋がりがあれば苦しみ悩んでいる人がいる社会に関心も向くだろう。
そういう社会の一員になることが、大切だと思うのデス。

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問題ない!

14日は、フリートークの最終打ち合わせを行った。

関連記事はこちら→(フリートーク企画どうなる?) (立ち直る

参加者は20人、昨日作成したばかりのタイムテーブルを見ながら役割の確認と用意するものをどこから持ってくるかと、司会進行の確認。

『生徒の人数はどうなったの?』

coldsweats01 (きました。それも、いつも手きびしいSさん!)
『実は、まだ確認中なんです。
20人はいないかもしれません。
意思の疎通に、ズレがあったようで、これから先生方を動員して集めていただけます。
水曜まで待って下さい、ということなので結果はそのときに出ます。』

さて、その質問を境に一気に噴出した。

S『教頭先生だけでなく、生徒会や生徒の動員をかけるなら教務やもう一人の教頭にも声をかけておくべき・・・してなかったの?・・・休み明けの火曜日に私行くから一緒に頼みに行きましょう・・・都合はどうなの?』

『水曜日に報告します。』といって奔走してくださっている・・・ハッパをかけに行くようで、申し訳なく感じた。
しかし、見方をかえれば、きちんとご迷惑とお願いのあいさつをしにいくということになる。

会長『校長はゼロだったなんて知らなかったそうよ。だから教頭はひとりで抱え込んでいたんじゃないかしら。』
教務が生徒を動かしていて、教頭と生徒の接点は少ない
そうか・・・言われてみれば、そうかも知れない。

『生徒会や良い子たちが、いつも学校から要請されて来る。
そういう子たちじゃなく、参加したいって子たちに来て欲しい。』
そういうみなさんの意見は、このさいなかったことになるようで・・・
生徒が集まらなければ、結局要請し召集することになる矛盾。

あとの問題なのは、何人必要なのか?
人がいなければ、この企画は辞めるのか?方向を変えるのか?ということだ。

コーディネータは、寛容に人の話を聴くことのできる人だ。

happy01 『生徒が少なければ参観者の中から班をつくればいいよ。
極端な話、1人でもできるし、4人でもできるよ。
生徒さんが進んで来てくれるのが理想だけど、先生から後押しされてきてくれて、おとなの知り合いがひとりでもできるのって、とてもいいことだよ。』

そう思います。
無理やり押し付けられて、
無理やり生徒を出せといわれて、
無理やり来ざるをえなかった生徒たち・・・

無理やりという強制は、見えない壁を最初からもつ。
地域のおとなたちが、君たちをあたたかく迎え入れてくれるよ。っと
そっと、背中を押してくれることを望んでいたのに・・・
事務的にコトは流れて・・・

今回のフリートークの目的と本来の願いがあった。

ブレインストーミング(BS法)を使用した受容と寛容の世界を体験させること

・出された意見やアイデアに対して批判をしない
・発言の内容よりも自由に意見を出せる量を重視していること
・ジョークやひらめきなどおもしろい発言で場を盛り上げてもOK
・さらに出た意見を発展させてアイデアを膨らませる

自分の思ったこと、考えたことを言葉に表わし、表わしたことをどのように行動に結びつけるか、という創造の喜びを経験させる。

無理に出させるなら参加賞も必要だった。
今回の企画では、これまでにあった参加賞もない。
あるのは、あたたかい大人のまなざしと、心のこもったお菓子の用意をして、生徒たちを迎かえ入れるという用意をしていることだ。

持ち帰るのは、自由に自分の思いを出せたという満足感だ。

そういう体験をおとなたちがしていないことに気づく。
まどろっこしく感じる人もいるだろう。
BS法の主旨を来場のみなさんにも伝えないといけないな、と思った。

会議のあと、コーディネーター氏に
confident『ぼくにひとこと相談してくれればよかったのに、ひとりで悩むことないよ。』

そうですね。

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立ち直る

理事会は無事にすんだcoldsweats01

(関連記事はこちら→フリートーク企画どうなる?

応募者ゼロと聞かされてからというもの私の落ち込みも激しかったが、何とか2日で立ち直ることができた。

食欲もなくなり(目立たないが)2キロ痩せ、これをきっかけに 10月の法事で実家に帰るまでに何とかダイエットにも挑戦しよう・・・などと前向きに考えるようにしている。

生徒数の増加と荒れた状態だったこともあり、ふたり体制の教頭になっていたが、この春にふたりとも入れ替わり、新しい教頭のふたりが同時に着任した。
これまでない企画で生徒を出してもらうので、十分説明したつもりだったが、ふたり体制になっても地域や学校行事が目白押しのせいか、頭から飛んでしまっていたそうだ。

12日の夕方電話が入り、『何とか頑張ります。』の一言があって少しホッとした。

今日の理事会で顔を合わせた先生方に頭を下げて回った。

教頭 『いやぁ、あれから大変なことになったと、二時間胃が痛みましたよ。
20人は無理かもしれないですが、何とか声かけて、先生方も動いていますので水曜まで待ってください。』

さて、新しい期限ができた。
水曜次第で、残り3日でどれだけ確保することになるか?
はたまた、グループ数を減らすことも視野にいれるのか?

長女は美術部、長男はサッカー部に2ヶ月だけ在籍して不登校になるし・・・唯一テニス部の次男を通してわかる運動部の事情、といったところでは、9月のこの時期の大変さを理解しているわけでもなく、誰からも助言がない限り、突っ走るのみでした。

『フリートーク』を行う時期や人数についても、本当にこの時期で大丈夫なんでしょうか?
と、何度も確認をした・・・

ところが9月を迎えた途端、夏休み中に塾でハッパをかけられた3年生は、一気に受験モードに突入し、自然教室のキャンプで2年生は舞い上がっているし、新人戦を控えた1年生は部活を休むなんて考えられない、といった状況になっていた。

部活を休む・・・ここが大きなネックになっている。
この鎖を外して、背中を押してくるのは先生しかいない。

smileだから、言わんこっちゃない。

なんて、声が聞こえてきそうだ。

それでも成功させるために、タイムスケジュールを作成し、生徒のためのご案内マップを作り、最終会議に使う冊子を印刷し・・・と時間に追われる仕事をこなす私やスタッフがいて、シュミレーションを立ててくれているコーディネーターがいる。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

打たれ強くなったのか、鈍感なフリしているだけか?

ピンチをチャンスsign01に、大変を楽しまなくちゃnotesに、これまでも多くの気持ちの入れ替えをしてこられたのは、不登校になった長男のお陰でもある。

モノの見方はその人の見ている方向によって変わる。
人の動かすのを見ているより、自分でいろいろ方向を変えて見てみたほうが色々な発見や楽しみ方ができる。

苦しいときは、じっと耐えてみる。

ジタバタしてもいい。

動き出したくなるときは必ず来る。

そいうときは、大抵心の許せる人、話を聴いてくれる人のところに電話して気持ちを聴いてもらう。

話をしながら実は自分自身に問いかけていたり、確認をしていたりする。

そう話すと、相手も『私もそうよ。そういうときがある。』と返してくれる、そういう人がいてよかったと思う。

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店舗へのパトロール

昨日は育成委員会のパトロールを行った。
ここのところ雨にたたられていて、急に雲行きが怪しくなったりで、不安定な日に当たることが多くなった。

ボランティアを含めて集まったのは12人と少ないため、3つのコースに分かれて主に店舗の声を拾うことにした。
雨が本格的に降り出したら判断で解散することにもした。

新しくできたショッピングセンターが校区の端にあるので、暗くなってきた空模様を気にしながら歩くこと20分、受付を通してマネージャーに確認したのち専門店を回った。

キャラクター商品に溢れた“ファンシーショップ”は、女の子だけでなく、仲良し親娘と呼ばれるお母さんと娘の来店も多い。
そういった中で、モラルに反した行動をとる人たちがいる。

ゆっくり見たいがために子どもにソフトクリームやペロペロキャンディを食べさせて店内に入る人もいるが、親がショッピングに夢中になっているときに、汚くなった手やクリームが商品を汚してしまうこともある。

それを始めのころは注意をしていたというが、『何よ!』とばかりににらみつけてきたり、逆切れする人も多い。
自分の子どもが注意されているのを黙って知らん顔している人もいる。
だから、気持ちよく買い物をして欲しいがために、『何も注意を促すことをしないようにした。』というのだ。

あるところでは、初めての店内パトロールで回ったときに、
まあ、この商売をしていたら、万引きなんてするヤツは中高生にいっぱいいるでしょ。現場捕まえなかったら何にもならないし、中高生は始めから疑ってはいるけど、どうせあんたたちに言ったって何してくれるんだよ。』
なんて言っていた店長は、相変わらず『別に何もないよ。』の一言で面倒くさそうに終わらせてしまった。

書店では、Vジャンプという男の子向きのマンガの付録につくカードのおまけを盗られるらしい。
マネージャー『防犯カメラで確認をすると、小学生が写っているから、多分小学生の仕業です。

他のグループが回っていた箇所の情報も寄せられた。

今回また放置自転車5台発見しましたので通報しておきました。』
6月からのパトロールで14台、個人で通報したのは7台、全部で21台の通報となった。

学校近くのスーパーの店長から、2階のリサイクルショップで最近中学生と高校生の3人組が万引きをしたらしいというので、2階のお店の店長に聞いたが、「そんなこともありましたっけ?」ととぼけるんですよ。どうでもいい、って印象を受けましたよ。』

店舗を回って話を聴かなければわからないことも多い。
かといって、多くのたまり場になっている公園の落書も気になる。

公園や店舗をバランスよく回るためのコース割りを考えつつ、店舗からいかに本音の部分で困っていることを聞き出し、学校側や地域、保護者会で情報を共有することをやっていかなければ、おとなの子どもたちへの関心も薄れていくだろう。

多くのおとなたちが、地域の子どものやっていることに関心をなくすわけにはいかない。

逆切れをしている親たちも、自分の名誉であったり、自分が気持ちよく買い物をしているのに、“そんなこといいじゃん” の感覚が、どこかわからない世界をもっているのだから、お店側も大変だね。

無関心ほど怖いものはない、と思うのデス。 

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フリートーク企画どうなる?

小中学生1600人もの子どもたちが、向かい合うふたつの校舎に通学をしてくる通学路がある。

構造的な問題や生徒たちの横に広がった他者を省みない歩き方。
後ろから迫ってくる自転車は、通勤・通学に先を急ぐため、坂道でもスピードを落とさない。

砂時計のように狭いトンネルをくぐって出ると視界は広がるが、右側にある階段から降りてくる人とぶつかりそうになる。
急な道の横切りも日常茶飯事におきる。

その歩行の仕方に危機感をもっていた市民グループが、その生徒の歩行の仕方について実験を試みた。

土木事務所から借りてきたポールを使って歩行者と自転車の通り道を分けたりしたが、ポールでさらに道幅が狭くなる。

今度は白線テープを道路にじかに貼って試した。

すると、生徒たちが白線内を歩くようになった。
横断歩道に見立てたラインも引いた。
誘導されるとそれにしたがって歩く生徒たちがいる。

律儀にきちんとラインに沿って歩く子たちの姿があった。

もちろん、相変わらず道を横切る生徒たちもいるが、それを律する子が友人にいると嬉しくなったりもした。

友だちに引きずられる子もいれば、導く子もいる。

そういった子たちの声を聴きたくて、『フリートーク』という企画が立てられた。

ところが、アクシデントが起きた。
リーダーが1ヶ月の入院をしてしまい、話が頓挫してしまった。
再開したのは、8月中頃で、すでに計画の9月20日という動かせない設定にあてるには少々時は遅くはあったが、そのまま企画は進んだ。

生徒24人、最低でも20人を集めなくてはならなかった・・・が・・・
結果 『ゼロ!』 という信じられない数字だった。

無理にでも集めるか?
辞めるわけにもいかない・・・でも・・・無理やりを強いるところに釈然としないところがある。

多くの問題を抱いた遊歩道という通学路を楽しむための企画が目白押しで企画されてきた。駅伝大会に、ウォークラリー・・・そのどれにも使われている遊歩道という道の問題点を考える会にしたいという原点に返る必要がある。

それにしても、生徒集めは大変だ。
それを理解していなかったのは仕方がない。

子どもたちは、大人から与えられた企画に従わされて動かされていることが多い。
後ろから後押ししたかったのだが、生徒会を通していなかった!というのも、大きな失敗だったと思う。

明日は、理事会happy02 キツイ言葉がくるかしら・・・と縮んでしまっている。

180°展開して、大人の「フリートーク」はダメ?なんて考えたりもしている。
これからみんなが使う遊歩道の気持ちのよい使い方を考え、地域の問題点を大きな視野で見る。

身近な問題から逃げてる?それとも発想の転換?

まずは教頭先生、「生徒が集まりますよ」って大きく構えすぎていませんでした?
いえいえ、道筋を深く練ってこれなかった私の責任ですね。

(;´▽`A`` ハァー またひとつ打たれ強くなるか折れちゃうか、どっちでしょうね。

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いのちの食べ方と引き継がれる命

2005年に成立した食育基本法では、食育を「生きるうえでの基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」と位置づけている。

朝食をとらないなど子どもの食生活の乱れによる健康問題を深刻に考え、保護者会や育成委員会においても、『食育』をテーマにすることが多くなった。

ところが、食品偽造問題や不良品の使い回しなど、食品の安全や出所さえも信頼を揺るがせる事件が後を絶たない。

私たちは、自分たちの口にする食材がどうやって作られているのか?ということに感心も持つとともに、もっと現状を知る必要がある。

ということで、昨年話題になっていた映画がこれ↓(ムービーも観られる)
いのちの食べ方(原題Ourdaily bread/ニコラウス・ゲイハルター監督2007年作品)

日本の食料自受給率39%
残飯の換算金額11兆1000億円
世界人口63億人中、毎日食事のできる人の割合8%(日本含む)
世界で8億人の人が栄養失調状態
年間900万人が餓死

工場内はすべて機械化かされ、大量に処理されていく。
こんなに豊かに量産されているのに、なぜ餓死?
そして、残飯量がこんなに出るのはなぜ?

屠殺(とさつ)という言葉が死語になりつつある。
屠(ほふる)には、からだを切り裂く、切り殺す。
という意味があり、私たちの生活から切り離された目に見えない場所で日々行われている。
英語では、Harvest(収穫)という訳になるというが・・・
オートメーション化された工場のベルトコンベアで大量にひよこたちやニワトリが選別され、運ばれていく様に畏敬の念を感じることもできそうにない。

以前ドキュメンタリーで見た大阪の小学校であった実話『ブタがいた教室』が映画になった。

10086247841 小学校6年2組にやってきた新任教師と子ブタ。
子どもたちは卒業式まで、このブタを育てて食べる!?ということを決めた・・・
Pちゃんと名づけられた子ブタの世話を通して育む命。
卒業式までに処理しないと、置いていくわけにいかない。

はたして、子どもたちはどう処理するのか?

映画は11月1日(土)から全国ロードショーブタがいた教室「」公式ブログ

「引き継がれる命」を考えることは、食を取り扱うプロの皆さんにも原点に戻っていただきたいと思うのデス。

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子どものうそ

女児連れ去り意外な真相(毎日新聞9月8日)

札幌の小4女児が一時不明になった事件で、女児らの話から公園で声をかけた若い男が連れ去った可能性も視野に入れての200人態勢の捜索となっていた。

ところが女児は、友だちと公園で眠り込んでしまい家にも帰らず、翌日の夕方まで防風林で過ごしていたところを保護されたのだ。

先に帰った友人の虚偽の説明

声をかけてきた若い男の存在

家に帰らない2人の女児

嘘の話をつじつまを合わせて聞いてしまった警察

なんとも長い一日になったことだろう。

友人の女児の虚偽の内容は、
公園で遊んでいたら知らない男の人に話しかけられた。(1人だけで)公園に戻り、もう一度防風林に行くと2人の姿がなかった」

警察は、
言葉巧みに同級生だけを公園に戻していたとみた。その後、男は同級生を公園に戻して女児と2人きりになり、何らかの口実を設けて女児を連れ去ったという可能性があるとみた。

その後の調べで、
女児2人は4日夕、公園で遊具に落書きしているのを男性に注意され、3人で落書きを消す道具探しに防風林に行き、男性はそこで別れた。同級生は網を見つけ、「落書きを消してくるから待ってて」と言い残し、公園に向かったという。
女児は同級生を待つうちに防風林内で寝てしまい、目が覚めた時は5日早朝で、その後は防風林内や近くの公園で過ごしていた。

何はともあれ、2人が無事に戻ったのはよかったけれど・・・

この話を見て、ある保護司の方が警察官時代の話を思い出した。

拉致監禁事件?という被害者の小5の男の子の事件をした時のことだ。

塾に行くといって早めに家を出たが、時間になっても来ない。
塾から家に確認の電話が入り、探しても見つからない。

男の子が見つかったのは、塾とは反対方向の河川敷だった。
男の子はさるぐつわに手足を縛られており、
「知らない男に道を聞かれて案内をしてたら、いきなり襲われた。」
何度聞いても、つじつまの合う内容で一分の間違いもない。
ところが、目撃者や争った後などなく、どうも腑に落ちない点があるが、嘘じゃないと言い切るので困っている。」

ということで、じっくり聞く事になったようだ。

「おばちゃんわね。キミの言うことが本当だとは思えないんだよ。
一個嘘をつくとね、嘘は雪だるまのように次から次に嘘を作っていかないと、いけなくなるんだよ。
このままずっと、この嘘を背負っていくのは、大変なことだよ。
怒らないって、おばちゃんも嘘つくわけにはいかないけどね。
本当はキミも、本当のことを話したいと思っていると、おばちゃんは思うんだよ。
話したくなったら、おばちゃん、ちゃんと聞くからね。」

そこで男の子は、本当のことを話してくれた。

塾に行く途中で、本当はゲームセンターによって、ゲームをして遊んでいたこと。
時間を過ぎたのを気にして、塾にいくのをためらったこと。
怒られるかもしれないと思って、前に読んだ漫画の内容を真似て、自分で縛って横になっていたこと・・・

子どもを信じることも必要だけれど、おとなが先走って誘導した話をしないこと。

事実のひとつひとつの確認と、思ったこと、感じたことは自分の言葉で聞くこと。

いい子でいようとするからついてしまう嘘。
嘘をつくことで、いい子になろうなんて・・・けな気じゃないですか。

失敗したり、間違ったことをした時に、
「失敗や間違いのあった本当のことを言ってくれたことは、信用に繋がることだよ」
と教えてこなかったことを大人は反省しなければならない。

家に帰るのが遅いときに、
「ばか者!!何時までどこをほっつき歩いてたんだ!!」
なんて、頭ごなしに言ったら、どうなります?

(あーよかった。心配してたんだよ。)という今のいままで思っていた気持ちがどこかに吹っ飛んでしまった第一声が、「ばか!!」になると、自分の本当の気持ちが伝わらなくなってしまう。

そういうことの繰り返しが、うそに繋がると思うのデス。

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「月の砂漠」の詩に寄せて

保護者と教師の合唱団が歌うのに用意されたのが『大地讃頌』(カンタータ「土の歌」から/大木惇夫 作詞/佐藤眞 作曲)、『月の砂漠』(加藤まさを 作詞/佐々木すぐる 作曲)のCDと楽譜だ。

作詞の加藤まさを氏は挿絵家でもあり、『少女倶楽部』に1923年に発表した挿絵と詩が「月の沙漠」だ。

月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました
Camel金と銀との鞍置いて 二つならんでいきました
金の鞍には銀の甕 銀の鞍には金の甕(かめ)
二つの甕(かめ)は それぞれに 紐で結んでありました
さきの鞍には王子様 あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの 白い上着を着てました
ひろい砂漠をひとすじに 二人はどこへいくのでしょう

朧にけぶる月の夜を 対の駱駝はとぼとぼと
砂丘を越えていきました 黙って越えていきました

早速、練習するが声が出ないから気もそぞろに・・・ナンデ『月の砂漠』?
なんて、横道に逸れたりしている。

砂漠は沙漠とも書く。
『砂』か?沙』か? で、情景が変わる。

の場合は、石が少ない・・岩石の砕かれた植物の生息しない不毛の土地で、部分的には「一部の」状態を表わす(ザラザラ感)。

の場合は、水が少ない・・降水量のきわめて少ない土地で、砂がさらに風化した状態で、「広がり」のあるさまを表わしている(サラサラ感)。

日中の気温が40度の灼熱の砂漠も夜になると15度まで冷え込み、冬には零下7度まで下がることもあるという。
日陰に入ると25度というから、陽ざしの強さも半端じゃない。

温暖化の影響で、一秒進む度に、1900平方メートルという速さで沙漠化が進んでいる
1年で換算すると四国と九州をあわせた600万ヘクタールの面積が、リアルタイムで沙漠化しているという。
地球の表面積 5.1億平方メートルの内、陸地は1.49億平方メートルで29%
沙漠化を食い止めようとボランティア協会の多くの日本人が中国・内モンゴルでポプラら油松の植林活動をしている。

私たちの生活の中では、異常気象による暑さや滝のような土砂降りの雨といった天候は体験しても、サハラやゴビといった『砂漠』はイメージの世界でしかない。

アラビアンナイトやシルクロードを想像し、緑溢れるオアシスがあり、『死』とはかけ離れた浪漫を持つのは、日本という水や自然の溢れた国で育ち、それが当たり前のように暮らしてきたからだろう。

大正浪漫を感じさせる『月の砂漠』は、当時の人の心に異国の風を感じさせたことだろう。
歌い継がれた85年という歳月のうちに、砂漠の持つイメージが『死』を感じさせる深刻な状態にまでじわじわと迫ってこようとしているし、それに気づいた人たちが何とか食い止めようともしている。

でも・・・想像の世界は、崩れない。

共感し、体験したことしか私たちは自分のモノにすることができないのだ。

自分にできる温暖化対策を考えつつ、「月の砂漠」を口ずさむ。

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保護者と教師の合唱団

11月にある中学校行事「音楽祭」に向けて本格的に練習が始まる。

6月には各クラスの選曲もくじ引きで終わり、学年ごとの課題曲と合わせて合唱コンクールが開催される。

毎年、中心街の大ホールを借りて開催される音楽祭だが、上の子がふたりも在学していたというのに、長女が3年生の時に一度と、長男が登校していた1年の時に一度と、次の年に友人に誘われて長男のいない音楽祭を聞きに行った3回のみ。

長男の頃の学校が荒れだしたおりは、音楽祭のステージに立つ子たちのシャツだらやあたりを見回す落ち着きのなさに聞いている方も落ち着かない。

初めて聞きに行った長女の時に鳥肌が立つほどのクラスに出会い、クラスごとに醸しだす歌で練習量やまとまりが見えてくる素晴らしいものだっただけに愕然としたものだった。

出番のない子達の一部が足を椅子に放り上げたり、のけぞっていたり、キャアキャアと騒いで注意を受けているし、トイレで化粧を直す子にタバコを吹かす子・・・学校の最悪の状態を感じずにはいられなかった。

建て直しを図った翌々年は、「静かにしてください」のプラカードを持った生徒たちが通路に並んで静止をかけていたり、制服の校則を守れなかったものがステージに立つことは許されず、全ての行動がクラス単位で減点ポイントの対象となってマイナスされるというものだった。

歌声はきれいだったが、むなしい気持ちが沸々としたものだった・・・

今年は卒業式と入学式に参列して、3年生の素晴らしい合唱に涙が出たほどだっただけに、期待も大きい。

長女の頃に保護者会の有志とOB/OG、教師の混声コーラス隊が発足し、今も「100人合唱団」として9月になると活動を開始する。

今年から在校生の保護者と教師だけの参加となったため、私も3年間コーラス隊に参加することにしたのだが・・・久々にソプラノを出そうと思っても声がでない。
11日の合同練習日まで、しばらく窓を閉めて自宅練習に励むことになりそうだ。

声変わり中の子どもたちに混じって、おとなたちの歌声を聴かせられるほどに上達できるか・・・少し心配だけれど、口パクおばさんにもなりかねない?

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お産事情

2004年、福島県大熊町の県立大野病院で、帝王切開の手術中に患者の女性を死亡させ、意思が業務上過失致死の罪に問われた「大野事件」で、この医師に無罪判決がこの8月20日に下された。
(→記事詳細(読売ウイークリー)

29歳という若さで生まれたばかりの赤ちゃんとお子さんを残して亡くなられた女性の無念と家族のみなさんが直面する悲しみなど、私の想像をはるかに超えたものがあることでしょう。

Graph反対に、 『医療行為が罪に問われる』という今回の事件は、産科医だけの問題でなく、高いリスクを背負った手術を行う救急医療にたずさわる人々に衝撃と戸惑い、リスクのない医療への転向を考える動きに拍車をかける結果とともなった。

出産の1万分の1の確率で発生する癒着胎盤という大きなリスクは、出産時になるまで診断することは不可能だという。
その状況に直面した医師は、足がガタガタ震え、無事を祈りながら緊急対応をするのだと言う。

私の出産体験は、幸いにも3人とも安産で死産や流産の経験がなく、大変恵まれたものだった。
戦前の昭和10年に、昔でいう産婆(さんば)さんに、祖母は母を取り上げてもらった!
その助産院で、私は上の子2人を里帰り出産した。
22年前の長女の折に、すでに82歳になっていたハギワラ先生、今にいう「助産師」さんが取り上げてくれる開業50年の宝助産院というご利益のありそうな名前だ。

助産師は正常分娩の母子の処置しかできないため、近くの産婦人科の医師が万が一の難産には駆けつけてくれる嘱託医となっている。
ハギワラ先生は、すでに4000人以上の赤ちゃんを取り上げてきたチョーベテランの先生で、85歳の時には長男を取り上げてもらえた。

88歳までは月にひとりの出産で、何とか頑張って見えたのだが・・・これぞ家庭の手料理!という美味しい食事と大盛り3杯はあるという御ひつを用意してくれた相棒の賄いさんを先に亡くされて、とうとう病院を閉めてしまい、90歳で大往生された。

産後の母乳マッサージもとてもていねいにしてくれて、和室の天上近くまで飛ぶほどの腕前で、病院出産されて出ないという人が噂を聞きつけてくるほどだった。

このハギワラ先生がとても大変なお産に出会ったことがある。
42年前、叔母が従兄弟を出産したおり、この大野事件のようにお産が終わった後の胎盤が剥がれないという事態に陥ったことがある。

本来は、後産といってもう一度陣痛のような痛みがおき、胎盤を出産?というくらいの軽いいきみをして、きれいに出ていくのが普通なのだが・・・なかなか剥がれてこない・・・

これは大変なことになった!
思い切り手を入れてきれいに掻き出さなくてはならない。
このときほど命の縮まる思いのした出産はなかったという。
結局、連絡で駆けつけてきた医師が来る前に処置も済み、事なきを得た。

里帰り出産を2度も経験したが、次男は初めての病院出産で「ヘソの緒」が流され捨てられる散々な体験をした。

自宅のような温かさのある助産院を好む人もいれば、専用シャワーにトイレつきで豪華フランス料理の産院、看護士さんではなくコンセルジュと呼ばれる妊娠・育児のお世話役さんにアロマケアまでしてもらえる病院まであるという。
リラックスでき、安心した気持ちで出産に望めるのはいい。

2004年の妊産婦死亡データによると、15000~20000人に1人の割合で母体死亡がある。
出生数111万人で、妊婦死亡数49人
また、死産・早期新生児死亡も200人に1人の割合で起きている。

原因は、産科的塞栓症(羊水や胎便が血流に入りアナフィラキシー反応による呼吸困難などが発症、死亡率は60%)分娩時の出血、前置胎盤・胎盤早期剥離、妊娠中毒症の順になっている。

心から安心して任せることの出来る産院選びと、死もありうるという気持ちで厳粛に望んで欲しい。
そして、出産難民という行き場のない危険な出産や臨月まで病院で診察を受けない、受けられないという妊婦が増えているのも気にかかる。

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心からのごめんなさいへ

31570886 心からのごめんなさいへ」
ひとりひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦
品川裕香 著 (中央法規出版)

私のずーっと持ち続けていた疑問が、この本と出合ってやっと解決したそういう気持ちでいっぱいになった。

非行少年の多くが学校で落ちこぼれていく・・・

「おまえなんか学校に来なくてもいい。」
そう担任に言われて道をさらに踏み外す子がいる。

貧困家庭、崩壊家庭、反社会的な親、学力の問題、不良交遊、シンナー、希薄な地域環境・・・おとなに突き放されて生きていかなければならない。

ある非行を繰り返す困った子たちに、生徒指導の先生が頭を悩ます。
『ズボンのポケットにライターの形のモノがある。
 「おい、それライターだろ?何か見せてみろ?」ってポケットを指摘した途端、大暴れですよ。
それからが大変でした。
先生の応援で、3人がかりで落ち着かせようと・・・もう大変でした。
 
「ちゃんと見たわけでもないのに、何で最初からライターだって決め付けるんだよ!!」
何とか落ち着かせようと相談室に連れて行ったら、そこの椅子は投げつけるし、ガラスは3枚も割られるし・・・はぁ・・・
修学旅行も親と散々打ち合わせをしたのに、その親自体が約束を守ってくれない。
シャツの着替えも用意してない・・・』

と、散々手こずる様子を聞かされたことがある。

ひとりひとりの子どもをしっかり見て受け止める大切さ

十分、承知はしていても、800人の生徒をこの問題を起こす乱暴者から守ることも必要だ。帰りには、気の弱そうな生徒をいじめ・からかい絡んで楽しむ。
やられた方は、何をされても「誰にやられたか、言わない」
彼ら以外の者が、何かやらかすとすぐ分かる。
そいつらの名前はいえても、絶対に言わない連中の名前がある。

そういった乱暴者たちのが一目置く先輩たちが、中学を出てから問題を犯す。
大方は、少年鑑別所で4週から8週間ほどの収容で保護観察を受ける。
しかし、彼は心を入れかえ、反省することはない。

地域にいるコブンたちを動かせば、バイクも新しいのが手に入る・・・なんてこともある。

矯正教育にたずさわる宇治少年院の向井主席専門官が行ってきた一人ひとりの子どもをしっかり見て受け止めた調査の結果は、
非行少年の中にLD(学習障害)/ADED(多動性障害)に似たような状態の子どもがいて、貧困家庭、崩壊家庭、反社会的な親、学力の問題、不良交遊、シンナー、希薄な地域環境・・・などの要因が、擬似LD/擬似ADHDの状態をもたらす、というものだった。

2000年の調査で、
LDの疑いのある少年は全体の53.8%、
ADHDの疑いのあるのは、79.1%、
LD/ADHDの併せ持っている疑いのある子、61.5%。

(これはあくまでも向井さんたちが、疑いのある数値を行動観察や48問・4択形式のアンケート調査をしたもので、科学的な調査の結果ではない。・・傾向というのが当てはまるかもしれない。)

集団指導の甘さは、必ず暴力や不正がはびこる集団化を助長させ、インフォーマルな掟に心から安心して指導を受ける場ではなくなる。

これは、少年院だけに起きる問題ではない。
中学でも起きているし、今の社会のいたるところでおとなたちが起こしていることだ。

少年院という触法少年たちの集団は、得手・不得手もある、いろいろな個性を持った社会の集団の縮図であり、公教育の一クラスの集団と何ら変わらない。
軽度発達障害の疑いのある子どもたちが、『社会で生き抜くための技術を学ばせること』が、
規範意識、
コミュニケーションの力をつけること
人の話を理解すための国語力と
聴く
であり、それこそが現代に生きる人のすべての人が必要としていることでもある。

著者の品川裕香さんが3年間見てきた宇治少年院の取り組みは、自身の味わった疎外感や居場所のなさに似ていたという。
しかし、それは多くの人が自分の尺で見れば、同じ大きさの思いを誰もが味わったことがあるもので、事件を起こすまでの負の力が、信頼や愛情というブレーキを持つ人は救われるだけのことだ。

一度の受け止められたという体験は、自分の存在が認められたという大切な体験で、そこから誰もが自信と喜びにつながる。そして、自分をより良く変えようとする力になる。

そして本当の意味の更生は、相手の痛みを感じることができたときである。

どうせ・・・自分は・・・

そうやって、人の人生までを踏みにじる人は後を絶たない、この毎日の繰り返しが現実社会にある。

あなたにだって、何かできることあるんじゃない?
誰もが必要とされて、生きているのだから。

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雨上がりのゴミときのこ

昨日から中学校も新学期がはじまったばかりだというのに、今日と明日の二日間はテストだ。

朝のあいさつ運動で声かけする子どもたちも、部活がないから800人の生徒に声かけをする。

少々、朝から陽ざしが強い気はしたが、土砂降りの雨の日が多かっただけに、公園のゴミも気になったため、あいさつ運動が終わった足で、8時15分頃から、いつものように自転車の前カゴにゴミ袋とゴミバサミを入れて公園を回ってみた。

3つ目の公園で、花火が大方まとめられていた。
朝早くに回ってくださっているボランティアさんかな?
残りのゴミをまとめていたら、もういっぱいになった。

いったん家に引き替えしてゴミ収集所に出す。
マンションのため、持ち帰りは結構キビシイ・・・玄関前に次の回収日まで見送っている缶のゴミ袋がひとつ。今日も多そうなので、ふたつのゴミ袋を溜め置くことになりそうだ。
20080902094820 足洗い場がないため、缶は公園の水場できれいに洗って持ち帰っている。

さて、家で水分の補給もして一番奥にあるたまり場の公園に向かう。

案の定、宴会後のゴミが溢れていて、すぐいっぱいになった。
それも、水分を含ん出いるため水を切りながら入れるという手のかかりよう。濡れてかなり重くなった漫画本も・・・今日はこれで終わりにしよう。

20080902094834食い散らかしたゴミのあった公園に落ちていたレシートの日付には、8月31日の18:20と、22:15とある。

夏休み最後の打ち上げといったところだろうか?

来年の夏休みの最終日に、深夜パトロールの計画を立ててもいいかもしれない・・・
と、レシートは、こういう使い方もできる。

さて、集中豪雨のような雨が続き、公園の道筋に面白いものを見つけた。
20080902084603最初、買い物袋のゴミだと思って近づいたところ・・・き・の・こ

マッシュルームを大きく膨らませたような白いキノコを発見!

高台にある古墳公園にも違うタイプのものが大量にあった。
なんて名前でしょう?
20080902091002_2

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女性の敵を葬る?

3月27日に、JR東海道線電車内で女性乗務員を相次いで暴行した今井卓哉(34)被告に対して、懲役23年の求刑が言い渡された。
(→9月22日、懲役18年の判決が下った。)

(グリーン車内暴行で懲役23年-読売新聞9月1日)

韓国では、13歳未満の子どもに対して性犯罪を犯したもので、さらに再犯を課した者が出所をするとき、GPSの埋め込みがされた足輪を最大10年間、24時間の監視体制を9月から行う。

さらに、常習性犯罪者で出所者の情報をインターネットで、5年間公開される。
インターネットで公開されるのは、住所、氏名、顔写真、就職先など、全てが監視されるという状態になる。

これは韓国だけでなく、すでにアメリカの一部の州で、インターネット公開とGPSのついた足輪を、イギリスではGPSのついた足輪をつけていたが廃止され、現在はインターネットによる公開を検討中だ。

日本においては、GPSのついた足輪の検討を自民党で検討されることになったばかりだ。

2004年に奈良市で起きた新聞販売店の小林薫(死刑囚)による小1女子児童の殺害事件においては、過去に2回、幼女わいせつ・殺人未遂で逮捕歴があり、高校時代からこういったワイセツ行為の常習者であったことがわかった。

放火→死刑・無期懲役・5年以上の懲役
殺人→死刑・無期懲役・5年以上の懲役
窃盗→10年以下の懲役・50万以下の罰金刑

それらに対して、強姦は3年以上の懲役と非常に軽い

性犯罪者の再犯率も20%超と高く、小児わいせつの常習者は、異常な性癖という去勢の必要なものがいる。

そして、この記事を書いている間に飛び込んできたのが、9月1日夕方のニュースで、14歳の少女に乱暴した31歳の男2人で、『未成年者なら警察に訴えないだろうと、栃木、茨城、群馬、埼玉の4県で30件もの余罪のある男達が強盗強姦容疑で逮捕されたというニュースだった。

女性の人生を大きく踏みにじる犯罪者たちが、罪の重さを背負うこともなく、ゲームのように・・・万引きでもやるようなスリルを楽しんでいる。

グリーン車内で暴行強姦を繰り返し、23年の懲役刑を受けた今井被告に限らず、服役を終えた元犯罪者が、再犯することのない矯正を受けて出てくるなら、被害者の気持ちもわずかに救われるかもしれないが・・・

それを踏みにじるのが、反省なき服役の状況の再犯率が20%という数字だ。
泣き寝入りをして、数字に表れることのない恐怖を持っている女性や子どもたちの数が、見えない再犯率50%、60%といわれることを物語っている。

GPS装置の携帯やインターネットによる公開を多くの女性たちの声として実現していって欲しいところだが、できれば女性たちの前から消えて欲しいところだ。

(↓再犯率の状況・・クリックすると大きくみられます。))
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いいわけ・・・

夏休みが終わった!

この40日間、次男のテニス部の部活が朝8時から4時過ぎまである。
お弁当の用意をして送り出す・・・という日が毎日のように続いた。

補導の先生が、『あ~あ、テニス部・・それは大変だねぇ』
と言ってみえた意味がわかった。
毎日、日に日に真っ黒になっていく次男は、帰ってくるなり横になると、すぐ寝てしまう。
30分もすると起こして、夕飯を食べさせて・・・すぐ塾の夏期講習に向かう、という日がお盆を除いての生活のパターンだった。

当然・・・宿題もこなすことはムズカシイ。

ということで、ここしばらく終わっていなかった社会のレポート2枚と理科の実験を手伝わされる日々が続いた。
おまけに、9月に予定している『中学生のフリートーク』の中学生の募集、そのお手伝いを呼びかける先生に主旨を説明した手紙、関係者に出す手紙、進め方の打ち合わせ・・・他にも、パトロールや資料のまとめと、てんてこ舞いの毎日になってしまった。

おかげで、宛名ラベルシールの設定や社会で調べた「聖徳太子」の雑学、理科で実験した「竜巻」などの探求にセイを出す毎日となった。

お誘いする育成委員の住所録とにらめっこして、エクセルに住所録を打ち込み、封筒の幅にあったラベルシールのシートレイアウトサイズを設定して、いざ印刷・・・という段取りになって、大きな失敗をしてしまった。

印刷される住所にズレがあったので、『印刷のドキュメント取り消し』をしたはずが、接続してあった印刷機の設定を削除してしまったのだ・・・ショックとしかいいようがない。

長女が帰ってくるまで、私には回復できないので、他の資料つくりにセイを出した。
回復には2時間もかかる、疲れて帰って来たお姉さんに『ゴメンネ!』のメールを送ったら、いつもより早く帰ってきてくれた。

そんな、こんなで、しばらくブログ更新をする時間の余裕がまったくなくなってしまったのです!

また再開するべく、集中します。

(利用したリンク 宛名シールの作成

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