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2008年11月

大変な時代の就職だ

厚労省では、来春卒業予定の大学生や高校生らのうち、すでに87社331人の採用が取り消されたと発表した。

さらに、雇用契約を更新されなかったり、契約途中で打ち切られたりする「派遣切り」で、失業した非正規労働者が、10月以降来年3月まで実施予定も含むと、3万人に達するというまとめを出した。

契約期限切れなどで職を失った労働者は派遣が65.8%、契約社員が19.2%を占めている。

団塊世代の大量退職で、25%以上の企業正社員の採用を増やすといっていたのが、この3月のことだった。

昭和61年(1986年)生まれの長女と同級生のS君も6月に4社から内定をもらい、1社に決めて他を断ったのに、この11月になって『業績が悪化しているため新卒者の採用を見送ることになりました。』という主旨の連絡が入り、内定を取り消されたという。

就職氷河期といわれた1990年代半ばから2005年にかけて、フリーターや派遣といった形態に進まざるを得なかった時代背景もあった世代の若者たち・・・2005年、15歳から34歳の人口3240万人を対象に行った厚生労働省調査によると、フリーター201万人(6.2%)、ニート64万人(1.98%)・・・彼らはまだ正社員になることもなく、職歴を刻むこともできない人が大半だ。さらに35歳以上の中高年フリーターも93万人いるという(2005年調査)数字がある。

就職難民になりつつある新卒者は、そういった不安に陥ることになるだろう。

パートタイムといった既婚女性の収入103万円以内に押さえるという働き方の壁を破っただけのフリーターや派遣という労働の形は、人手や職業経験者を即戦力として使える企業にとっても、コストが安くすむ以上、この需要を正社員の雇用に拡大することは考えにくいものがある。

そうなると、今や若者の5人に1人はフリーターという時代の所得格差は、ますます広がる一方で、貯蓄に回せない生活の不安は、健康、将来への不安と社会全体の不安へと広がる。

6月に辞めたパートの仕事も、実はこういった雇用が生み出した背景の中で起こった人間関係やコミュニケーションの問題が大きく関わっているように思える。

中間層の世代が極端に少なく、パートやフリーターを取りまとめるポストに就く若い正社員が、浅い経験や人間関係に揉まれていない状態で起用されることが多い職場だった。
上司のリーダーシップ不足、コミュニケーション能力や計画的な人材育成が全く欠けてきているところに会社の衰えを感じてしまった。

無能レベルへの昇進・・・ピーターの法則ともいわれる能力の限界に達するポストへの昇進が、若い経験の乏しい世代に早く回ってくる・・・そのために、会社、企業の衰えが早くに陥ってしまうのだろうか?

採用枠を減らすことなく、ほどほどに安定した採用をし、人の育成をする・・・そういう良心的な会社を選ぶ目も必要だ。

ピーターの法則とは?
『階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおの無能レベルに到達する。
やがて、あらゆるポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる。
仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われる。』

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朝の声かけ

斜め横断の多い交差点に立つようになってからというもの、ちゃんと信号を守って横断する生徒が増えてきた。

この信号を渡る中学生は、私の住むO小学校区出身の生徒たちだけなので、2年後に完成予定の新設中学校が開校すれば、学区変更もあって、この交差点の通学を巡って悩むこともなくなるだろう。

ちょっとこれくらい・・・と軽く思われそうな信号無視や斜め横断も、『日常的に見せ付けているおとなたちがいて、注意がしづらいから立ちたくない。』という声が保護者の間に上がっていた。

生徒に注意をしなくては・・・ でも、おとなには、ちょっと・・・と思い悩むと中途半端な声かけになってしまう。

happy01おはようございます・・・angryあらannoy斜め横断ダメでしょsign03
happy01おはようございます・・・sadあ~あ信号はちゃんと渡りなさ~いsign02

以外に多いのが、こういったパターンの声かけだが、ダメ×ダメの否定語の声かけは、心に反応しないようだ。

happy01おはようございます。横断歩道はまっすぐ渡ろうsign03 まっすぐ、まっすぐgoodハイ、いってらっしゃいsign03

もっぱら、こういった声かけで、フツーの子たちは、まっすぐ渡ってくれるようになった。
15~20分立つだけの短い時間に15人もいた常連の斜め横断組みが何とか3人に落ち着いた。

肯定的で、やって欲しい行動を言葉にするのがいいようだ。

例えば、スーパーなどで、小さな子どもに「○○ちゃん、っちゃダメよ~」という声かけをする母親を多く見かけるし、私もそうだった。
ところが、走るというやって欲しくない言葉に反応してしまうので、否定語を持ってくるよりも、やって欲しい行動肯定する言葉で、ゆっくり歩くという声かけで「○○ちゃん、ゆっくり・お母さんと・歩きましょう!」といった言葉を使うことで素直な行動反応ができるという。

Cocolog_oekaki_2008_11_28_00_16

おとなの見ていないところではどうだか、わからないが、見られているという意識に置くのも大切なことだと思う。
そういった中で、小学校当時から突っ張ってきた子たちにも同じように声をかけ続けることが大切だ。
今まで否定され続けられたり、無視され続けてきたおとなへの反発は、根っこが深いのだろうと思う。

公平に接するために、おとなの信号無視たちにも声かけをする。
happy01おはようございます。子どもたちの見本となるように、よろしくご協力くださーいsign03

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朝、交差点に立つ

5年ほど前、長男が中2で学校が荒れていた頃に始まった母親たちによる校門前の挨拶運動は今も続いている。

あの頃、校門の前で迎え入れる教員はおらず、校門の前に立つのは有志の母達と教頭がひとりだった。
教頭は、ゴミ袋とハサミを持って生徒たちに声をかけていたが、その頃カツラとバレていたせいか、冷やかす生徒もいるような、そんな朝の光景の中で、母親達の挨拶運動は毎日人を絶やすことのないようにと、ローテーションも組まれて頑張っていた。

荒れた学校と、うつむいて歩く生気のない生徒たちへの『見守っているよ』の気持ちを込めて・・・

私も頑張って毎日立つようにしていたのだが、長男との朝の攻防に疲れて行けなくなる日も出ていた。
「お腹が痛い・・・」
「行くの!行かないの!行けないの!どっち!!」

今、思い出しても後悔するような言葉をどんどん突き刺していたと思うとやるせない。

今はどうだろう。
先生方が毎日、校門に7人立ち、通用口に4人ほど立っているだろうか。
校門の前で、数年前から始まった『服装を正す』先生方の厳しい声で足止めを喰らう生徒が何人も出てくる。

『セーターを手袋代わりにしない!ちゃんと手を出す!』
『第一ボタン!ちゃんと止めて!ネクタイが緩んでるぞ!』
『スカート丈?短いんじゃない?』

時には、髪の毛を一時しのぎに黒く染める不良もいるのか、毛染め用スプレーで落書されることもあるという。
茶髪にしていると学校に入れないばかりか、帰えされることもあるからだ。

朝、校門に立つ母親たちは、学校セーフティーボランティアに登録する協力者でもあり、長らく続けられている朝のこういった光景を見守ってきた人たちでもある。

校門の前で生徒を迎え入れるのも年々成長していく様子や問題のある生徒の顔がわかっていいとは思うが、地域の通学路では、信号無視や斜め横断をする生徒がいきなり増えてきているという問題もあったが、ここに立つ人がいない。

試しに立って様子を見ると、部活の朝練に行っていない子たちの通学する7時40分から8時までの交差点で15人が信号無視や斜め横断をしていた。
私がいるから思いとどまる子と、無視してわが道を行く子・・・

よし、私が立とう!

ということで、教頭と保護者会会長に一言告げて立つことになった。
私の立つ交差点は、息子の話だと3分の2の生徒が信号を守っていないということらしい。
8時までに、この交差点を過ぎないと遅刻のきわどいところとなる。
いつも最後に来るのが、発達障害のあるS君で、この子と一緒に信号を渡って自転車で中学の校門前でもう一度先生方と挨拶運動をする毎日となった。

ときおり起こる次男の「過敏性腸炎」で家を出られなくなる日もあるが、信号を守るようになった生徒が増えてきたのは嬉しいことで、長男の時のようにあせらずに続けていこうと思っている。

おとなも目があると意識する・・・そう思う。

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1.8グローバル・ヘクタールの暮らし

月尾先生のお話にあった環境負荷を測る「エコロジカル・フットプリント」という概念について調べてみた。

これは、地球をパンクさせないための地球1個分の暮らしと実際に生活している暮らしとを比べる物差しだ。

食料やエネルギー、木材など単位の違う数字をすべて陸や海の面積に置き換える。
人間が足跡をつけた(利用した)面積(単位グローバル・ヘクタール/gha)農作物用の田畑+家畜を飼う牧草地+木材や紙を生産する森林+水産資源を取る海・河川+エレルぎーにともなう二酸化炭素を吸収する森林+道路や建物の土地+土地の肥沃さ+森林密度

happy01 自分たちの暮らしから診断してくれるクイズもあるので一度お試しをsign01
(ちなみに、我が家は1.9グローバル・ヘクタールでした・・・ちょっとオーバーcoldsweats01

「エコロジカル・フットプリント・ジャパン」わたしの暮らしは、地球何コ分?クイズ

(昨日の記事より)
世界全体で生態足跡面積が大きくなってきている。

2.2グローバル・ヘクタールが地球上の平均、ところが地球にある実面積は1.8グローバル・ヘクタールで、0.4グローバル・ヘクタールの不足がおきている。
その不足分が、飢餓で苦しみ、十分に水が足りていない国で年間数百万人という犠牲者が出る事によって調整されている。

1961年に30億人の人口で地球は0.5個分、1986年に48億人の人口で地球1個分でちょうど良いくらいだった。
2005年に65億人の人口で地球1.3個分必要となり、2050年には地球が1.8個分ないと人類の維持は出来ない。

2004年の日本を参考に、上記の計算式(生態足跡面積食料生産面積+資源生産面積+社会基盤面積に当てはめると、
日本は実質4.4グローバル・ヘクタールしかないが、7.7グローバル・ヘクタールの面積を使っており、3.7グローバル・ヘクタール分を外国の土地を借りていることになる。

世界合計の生態足跡面積は、112億グローバル・ヘクタール(2003年、南極や北極を除く)で、世界の人口で割ると、1年間に一人当たり1.8グローバル・ヘクタールの「地球1個分の暮らし」が、割り当てられることになる。

Earth244.4(日本の実質数字)÷1.8(世界の公平割り当て数字)=約2.4で、
日本人の暮らしは、一人当たり地球2.4個分の暮らしをしているということになる。(単位はグローバル・ヘクタール)

ところが、世界人口が67億人と膨らんだ今、2003年の調査からはるかに赤字となっているのは明らかで、人口のふくらみだけでなく生産可能な面積自体がすでに下回ることも予測される。

いまだ驚異的な数字でアラブ諸国(11.9グローバル・ヘクタール)やアメリカ(9.6グローバル・ヘクタール)に対し、アフガニスタン(0.1グローバル・ヘクタール)といった足跡の小さな国々のおかげで維持できているとはいえ・・・

飢えや水不足、災害、生態系の狂い、ウイルスの脅威・・・いつまでもテレビでの海外ドキュメンタリーのつもりでいていいのか?と思えるほど、他人事のような暮らしがある。

ひとりひとりの意識を少し変えるだけで、人が何人助かるのか?地球が何年生きのびるのか?身近に問題意識を持っていこう。

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月尾嘉男先生の話・つづき

・・つづき

地球の限りある資源の収奪を文明社会維持のために人は続ける。
鉱物、化石燃料、森、淡水資源・・・石炭は100年で枯渇森は1秒間でテニスコート3面分の勢いで消失しており、このままいくと500年後には木が一本もなくなるという計算になる。
アフリカは120年、アマゾンは240年で森林は消える
従って、10分間に1種類の動植物が絶滅し、いまや動植物園は種の保存のための役割も果たしている。

淡水資源もまた収奪によって、稀少資源となっている。
爆発的な人口増大による水不足は、今後、深刻化し、50年後には世界人口の70億人が淡水不足に直面すると予測されている。

青い地球・・・70.8%が水で出来ている星での話しだ。
地球の豊富な水量の97.5%が海水で、残りの2.5%の淡水で私たちは生活をしている。
その淡水も、南極や氷河の70%近くを占め、地下に蓄えられている30%をさらに引くと、湖沼や河川で人が淡水として利用できるのは、地球全体の0.01%にしかならない。

そのわずかな水の70%を農業水として消費している。
人口増大、そして生活のために農地もまた爆発的に拡大を続け、カザフスタンとウズベキスタンの国境にあるアラル海では3分の1にまで湖水は減少し、こうした状況は世界各地で起きている。

水質汚染によるガン多発地帯の発生、汚染された水による死者は18秒に1人の割合となる。

サハラ砂漠などの緑化も盛んとなってきているが、中には地下に眠る限られた水を使っている場合もあり、緑のために水が無くなるという矛盾もある。

先進国では、ミネラルウォーターを海外から輸入しているが、ミネラルウォーターを輸入するために、石油を使っていること、これも問題である。
輸入大国日本で、輸入されている小麦や牛肉、豚肉もまた輸出国で淡水を使っており、これらにかかる水も輸入しているということになる。

生態足跡面積=食料生産面積+資源生産面積+社会基盤面積

「エコロジカル・フットプリント」という概念で、2004年の日本を参考に計算式に当てはめると、
日本は実質4.4グローバル・ヘクタールしかないが、7.7グローバル・ヘクタールの面積を使っており、3.7グローバル・ヘクタール分を外国の土地を借りていることになる。

世界全体で生態足跡面積が大きくなってきている。
2.2グローバル・ヘクタールが地球上の平均、ところが地球にある実面積は1.8グローバル・ヘクタールで、0.4グローバル・ヘクタールの不足がおきている。
その不足分が、飢餓で苦しみ、十分に水が足りていない国で年間数百万人という犠牲者が出る事によって調整されている。

1961年に30億人の人口で地球は0.5個分、1986年に48億人の人口で地球1個分でちょうど良いくらいだった。
2005年に65億人の人口で地球1.3個分必要となり、2050年には地球が1.8個分ないと人類の維持は出来ない。

生活水準向上   生活水準下げる
  ↓          ↓
経済活動の向上  経済活動の縮小
  ↓          ↓
資源消費の増大  資源消費の減少
  ↓          ↓
環境問題の増大  環境問題の減少
(現在)        (現実には難しい)
  ↑
生活水準は向上していたい、経済活動も向上していたい、だが資源消費を減少すれば環境問題は減少方向に向く
ここに着目すると、新しい電化製品の省エネタイプの物に替えたり、待機電力となる消費を押さえるだけで、沖縄で生産される電力と同じ量を省エネすることになる。
新聞や書籍を通信情報に替えるだけで、新聞で1/20、書籍で1/40の割合で資源消費は減少する。

5兆円もの食料調達を行う日本は、食料自給率39%という低さ。
地産地消を行うことで、運搬に使う石油資源のみならず淡水資源の自足自給も叶う。

かつて、李御寧の「縮み志向の日本人」という著書に、『茶わんに宇宙を透視』したというが、茶の湯に見る日本の文化、小さな空間におさまる宇宙を感じたとある。
質素に表現する素晴らしい知恵と畏敬の念が忘れ去られつつ日本の現状。

多くの若者たちの未来に残すものが負の遺産であってはならない。

メモの記録や記憶にある部分を頼って、お話のをまとめたものです。
読みづらさは、ご了承くださいませ。
confident

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月尾嘉男先生の話

日本を代表する環境問題の第一人者、月尾嘉男東京大学名誉教授のお話を聞く機会があった。

地球温暖化の危機を迎える今、知っておくべきこと、取組まなければならないことを考える。

地球は奇跡の惑星といえる。
地球より太陽に近い金星では、484℃~500℃(太陽に近い内側に近づいた時)
地球より太陽に離れた火星では、-63℃~-200℃(太陽により遠い外にいる時)

地球の場合、平均的な気温は15℃で、この地球とほぼ同じ条件(29.2%の地と70.8%の水)の星は21光年先にあると言われている。

21年かけて地球脱出?
この先の未来を担う子どもたちの世代に残した危機的な状況が起こっている。
逃げ切ることの出来る私たちおとな・・・自分たちの子や孫の世代に、確実に起こる危機を延命していくのも私たちに残された課題でもある。

それにしても、地球誕生を一年の物差しに例えると・・・
 1月 1日(46億年前) ・・・・地球誕生
 1月 8日(43億年前) ・・・・海洋の誕生
 2月15日(40億年前) ・・・・生命の誕生
11月30日( 4億年前) ・・・・植物が陸にあがる
12月 7日( 3億年前) ・・・・動物が陸にあがる
12月31日( 2億年前) ・・・・恐竜誕生
同日16時(600万年前) ・・・猿人誕生
同日20時(150万年前) ・・・原人誕生
同日23時30分(30万年前)・旧人誕生
同日23時58分( 5万年前)・新人誕生
  upこのあとの2分で人間は大きく発展を遂げ、最後の数十秒で1000倍に人が増え、地球人口が67億人に達した。

爆発的に増えた人口と自然形態を打ち破った熱量にかかる一人当たりのコストは、かつての100培の熱量を消費していることになる。
6000年前の人口比から見ると、1000倍に増えた人口でによって、10万倍もの速さで地球資源がなくなっているという。

かつて京都議定書会議での地球温暖化の最大の問題と解決にたいするアドバイスを福田元総理に求められた時の答えとして、人の増えすぎを挙げたのだというが、この問題を話題に挙げることはなかったという。

当時の福田元総理は就任前から人口問題のアジア諸国会長を務めていたとかで、人口問題を視点にコントロールすることで気候変動問題や食料問題、そしてCO2削減という問題を解決できるはずだったのだが・・・

地球の物差しでいう、この最後の数十秒の世界で、人は収奪という知恵を付け、人口を1000倍に増やし、そして地球の資源を人のためだけに使い果たそうとしている。

例えば、鉱物資源の金を今のままの採掘量で採り続けると、金鉱は25年で採り尽くし枯渇することになる。
時間の物差しで考えると、わずか6000年の人の大量発生で、金は10数秒で採り尽くされることになる。
銀鉱は30年後、銅鉱は55年後、大量に存在している鉄鉱でさえ250年後には枯渇されるいう数字が出ている。

ケータイにも使われているという金。
アーバンマイン、都市に眠る金鉱は使い捨てられた機器の中にあった。
アーバンマイン=都市金鉱と呼ばれる使用済み電子機器や自動車、家電などの廃棄物を回収して精製し、金属資源を取り出すリサイクルシステム

つづく・・・

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11月の夜間パトロール

風の強い夜が続き、心配していた夜間パトロールだったが、日頃の行いがいいのか・・・風はピタリと止み、気持ちのいい夜となった。
夜9時30分・・・遅い時間の子どもたちの様子を見るためのパトロールだ

中学校を中心に、4つの校区の小学校方面へ45分位で周回するコースで、たまり場ポイントの公園や神社といった場所に立ち寄りながら、声かけをすると60分くらいにはなるようにパソコンに置いた地図をなぞりながら組んでいくと言う作業を事前に行う。

事前に警察官の同行依頼文書でお願いをしてあったので、生活安全課の課長を含め4人参加となり、気持ちのうえでも心強い。

青少年補導センターの先生や中学校の教頭や先生たち中学校の保護者会の「おやじの会」、そして育成環境部部員の総勢30名ほどが参加したパトロールとなった。

JR駅方面と隣のA中学校を見て歩く①コースは、駅前にある塾に通う生徒たちの帰りの様子や駅前のマクドナルド前のたまり場、駅前を離れると途中にある神社や公園も気になる。

普段は小学校の保護者会にお願いしてある②コースも、隣のH中学近くまで行く。
H中学は、中2の少女が2日間行方不明になっている間に善意の捜索メールがチェーンメール化したことで騒ぎとなったばかりだ。
外れにある集合住宅付近では、手に負えない非行少年グループが集まる場所ということで、今回コースに入った。
他にも、寝袋で夜を過ごす中学生がふたり、何度か出没して物騒ぎになったりと、問題の多いコースだ。

③コースは、夜中の2時まで営業している本屋や塾が増え、生徒たちの自転車がしばしば盗難に遭う場所で、私鉄駅もあり、駅前は放置自転車で一杯になる。利用の少ない市の駐輪場もかつては乗り捨ての放置自転車が60台も山積みになった場所で、目を光らせていても、また5台の自転車が放置されているところだ。

私の参加した④コースは、つい最近も公園の落書や宴会あとの割れたガラス瓶やゴミが散乱することがなんどもあったばかりで、公園事務所も手を入れて直す気が薄れてきている場所だ。

いくつかのこういった最近の傾向や注意して見て欲しい点を話したあと、9時35分出発。

さすがに塾がないと人通りも少なくなり、お勤め帰りの親父たちが家路を急いで自転車で一気に通り過ぎていくだけだった。
手直しのないままのトイレや落書の残った公園、24時間営業のスーパーの隣りにある一見、安全に見えて見過ごされやすい死角のある公園の説明などをして回った。

このスーパーが出来るまで、通行禁止だった場所も開通した。
かつては、粗大ゴミの不法投棄の多かった場所が従業員用の駐車場となっていた。
この奥の部分にたまり場があるということで、同行していた警察官が案内をしてくれた。
確かに、人通りも少なく、まばらに出てくる従業員の方が気を使う場所のような気がした。

最後に回ったのが、最近避妊具が2つも落ちていた公園で、やっぱり夜になると、照明は全部灯りが切れていて真っ暗な場所になる。

この公園を出たところで、コンビニの袋を持った若い女の子がふたりが私たちの後ろから近づいてきた。
「もう遅いから気をつけて帰ってね。」と声をかける。
一緒にいた生活安全課の若い警官が、なにやら女の子たちに話しかけてうるさがられ、無視され、女の子達は足早に過ぎようとしていた。
茶髪に濃いメーク、派手な今風の服のふたり・・・高校生?20歳?

どうやら隣のA中2年生が左の子で、今は不登校気味でよく問題を起こすと聞いていた子だった。
警察官の話によると、こういった夜間に出歩いているところを保護して家まで連れ帰ることをしているが、今日は車両巡回じゃないので『逃がしてしまった』ということでもあるらしい

こういったやり取りの中、ゴールのK小に着いたと同時に彼女たちは警察官を振り切ってもう遠くへと行ってしまった。
声をかけたときに、もう少しきちんと話しておくべきだったと後悔もした・・・これも今度につながる体験と思えばいい。

それぞれの場所で落書があらたに見つかり、最近見かけることのなかったバイク少年と声を交わしたという情報も入ってきた。
食事もまだの通勤帰りの途中で駆けつけてくれたおやじたちや先生の参加もあり、無事に夜間パトロールが終わった。

ぴったり10時半に私たちは終わったが、11時まで頑張ってくれたコースもあった。
ご苦労様でした。

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おとなの役割・シンポジウム内容紹介

さて、シンポジウムでは、コーディネーターに某大学教授(いのちの電話評議員)が中心となって、パネリストには、副市長(行政代表)、元警察庁課長(警察関係者)、スクールカウンセラー、小学校PTA会長、中学校長がそれぞれの立場で現状、現場の取り組みを紹介しながら話が進められた。

【現状に感じること】
マナーや規範意識が習慣化されていない子が多く、「なぜ?」の問いにうまく答えられないおとなも多いのでは?地域のとの関わりの場で身に付けていくという自然な関わり自体、不足している。(小PTA)

自分の思っていることが上手く伝えられないためのトラブルは多い
昔のような地域の異なる年代の子ども同士のコミュニケーション不足から、他者への思いやりや我慢といった自然に身についていった部分がなくなっている。(中学校)

自分が好きになれないという、低い自尊感情の少年たちが世の中にあふれており、つまづいた時、自分で泥を払って、自分で立ち上がる・・・そういう力がついていない子、我慢をしたり、周囲に自分の気持ちや感情を伝えられない・・・周囲とうまく折り合いがつかない子など実体験の不足や保水力のない子が多い。(カウンセラー)

アジア・アフリカ方面に4年いたが、彼らは好奇心が旺盛で、貪欲に学び、礼儀正しく、助け合い、仲良しであった。
先進国である国々に共通していえるのは、心の病が子どもたちにも広がっていることだ。(警察関係)

青少年の行動調査から見ても、住んでいるところに7割以上の人が関心を持っていても、参加率は3割と低い、関心を持てる地域つくりが必要と痛感している。(行政)

【現場の取り組み】
地域の人とのふれあいや名人さんとの交流を通して、普段できない生活体験の場を持っている。
そういった場で包丁や鎌の使い方や約束事、マナーが自然に身につくような活動を心がけている。(小PTA)

地域でどう生きるかという体験に職場体験があり、今年はキャリアウィークという新しい取り組みで通常2日のところを一週間体験させている。(中学校)

体験談として、
① 中1男子、太り気味でいじめに遭い不登校、母子家庭で生活保護。
200円持って100円ショップに自分と母親の夕飯を買いに行くというような生活環境に、担任が気づき、ネグレクトを疑い、主任児童委員や民生と協力・連携を行った。
担任が家庭訪問を習慣的に行い様子を見、専門機関が母親と関係が取れるようになってから、細かな相談をしてくようになり、生活が安定し、意欲を見せ始め不登校がなくなった。
② 中3女子、家庭不和から非行。
小学生の頃から万引きの常習者で、親からも注意を受けるが「自分の子ではない」と突き放したことで思春期に入りってからは更に悪化し、他校の生徒とつるみ集団万引きを行い、警察沙汰に。
周りから疎外されるようになったが、担任はSOSのサインと考え、警察にサポートを行ってもらい、親に対しても親身になって叱らない子どもサイドに立ち一緒に考えようとしている姿勢に、親自身が苦しんでいたため、その見方や気持ちが伝わり、親自身が態度を変えるようになったら良い方向に向いてきた。
その機関のやれる範囲のことで精一杯のことをやっている、他の連携を考えたとき、職能の中で必ず良い方向につながる。
顔をつなぐ、知るという関係は大切
。(カウンセラー)

文科省から警視庁の少年課課長になる時代、警察は青少年問題の観点から学校との連携を取るようになった。
縦割りが多い中、このカベを破ることで「抱え込む」、「隠す」、「タブーにしない」ことで能力が生かされる。
スクールサポーター制度
で学校を警察がサポートをし、警察OBによる嘱託OB・OGを学校に派遣したことで、これまで36校中10校のいじめ40件を検挙し解決をしている。
外科的処方も必要。(警察関係)

青少年サポート事業に力を入れているところ、補導センターを中心にチームを組んでいる。
地域から家庭を見守るセーフティー事業もあり、学校と地域がすでにしっかりと連携し、つながっているところもあり、地域の教育力に大切さを実感している。(行政)

【会場からも意見が出された】
挨拶運動やゴミ拾いをしているが、おとなの出すゴミが非常に多い。
おとなが手本となっていないのに子どもへの要求は多い現状、おとながそれに気づき変わらなければならない

地域のスターは、地元出身の成功者やいい学校、いい職業、いい会社に就職した人だけではない。
地道に貢献している地域の人がもっとスポットを浴び、身近なおとなの姿におとな自身が気づく見方をしていかなければ、地元が好きになれない。
地元をもっと見て、地元を好きになるような教育が地域にも必要

【感想・まとめ】
最大に言えるのは、おとなが変わらなければならない。
親が揺れた時の地域の支えはとても心強い。
批判からは何も生み出さない。
おとなも自身を持つことが大変な時代、小さなつながりは横に根を張ると大きな力になる。

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おとなの役割・シンポジウム

今日は、教育委員会主催の青少年市民シンポジウムに補導員として参加した。

市警察部長が市の青少年問題の刑法犯少年に関する昨年までの状況を警察のホームページのデーターを元に説明した。

これはある県のデーター
19年度の刑法犯として検挙された少年は、5186人
殺人、強盗、強姦などの凶悪犯は、そのうち70人(内、強盗52人、路上強盗33人)
粗暴犯で検挙された少年は、380人(内、傷害245人、恐喝73人)
窃盗犯で検挙された少年は、2680人(内、万引き1670人)
検挙された少年5186人の内、窃盗犯(万引き、自転車,・バイク泥棒)と占有離脱物横領罪(放置自転車の持ち去り)は全体の8割を占めていて、高校生と大学生が全体の7割以上を占めている。

これはあくまでも刑法犯として、警察に検挙された少年の数字のデーターである。

S1 少年による犯罪のピークが戦後、S26年(第1期)、S39年(第二期)、S58(第3期)、現在を第4期のピークを迎えようとしている。
犯罪件数自体以前高い数字であるが、それよりも注目したいのは、非行歴のない少年たちによる初発的犯罪が増えたことで、凶悪な犯罪が突然起きるという衝撃的な事件が多くなってきた。
(グラフは法務省「犯罪白書」平成17年版)

小さな罪の意識は回を重ねる度に薄れ、大きな犯罪へとつながっていく。
万引きを疑うような子、放置された自転車・・・これらは事前に見つけた人が食い止められるものでもあり、
関心を持って見という自分の関わりひとつで変えられることにつながるのではないだろうか?

インターネットを利用した犯罪や書き込みから起こるトラブルから事件に発展したり、出会い系サイトを利用した児童買春や児童虐待事件も深刻になりつつある。
警察では、警視庁の少年課長に文科省の人材を置くなど学校との連携をはかり、これまでの縦割りの壁を破った横の関係各所とのつながりを強めようとしている。

・・・といった説明があり、そのあと「おとなの役割」と題したシンポジウムとなる。
これは明日へ。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

少年犯罪を起こす子どもたちは社会の縮図ともいうべき時代背景があった。
(過去記事→少年非行の時代背景

Cocolog_oekaki_2008_11_20_11_10 戦後、豊かさ取り戻した時代へと変わり、核家族化し、便利さと豊かさの中で、使い捨ての物の時代から使い捨ての人の時代となっていく。

より多くの人々が、豊かなもの・便利なものを求め世界を広げていく一方で、目の前にあった人とのつながりや自然のありがたさが見えなくなっていったかのような・・・広がった情報と世界・・・反対に閉ざされていくプライバシー、家族、心・・・失いつつある自然の恩恵、人とのつながり・・・目に見えない足元のゴミの山、子どもたちの心の闇。

これまでも、子どもは親の鏡と言われてきたが、広く見れば社会の鏡でもあり、おとなが不安を抱いている時代に生きる子どもたちにとっては、安定感のない地面でおとなが揺れ動いていながら、子どもにだけ「ちゃんと!」「ちゃんと!」といって真っ直ぐ立たせようとして来なかっただろうか?

親が子どもの方を見たり向いていなかったとしたら、不安でしょうがないところで踏ん張っている子どもであり、子どもたちである。
一緒に転げていった部分だけを見て、「ちゃんとしろ!」と叫ぶ人が多い。

そういう子どもたちを支えようとするおとなちがそれぞれに出来ることで支え、見守っていこう、というのがこういった場所へとつながる。

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未成年者の飲酒

中2の女子中学生徒、スーパーで酒飲み教諭殴る、1ヶ月の重傷(11月18日、産経新聞)

栃木県小山市内の市立中学2年の女子生徒(14)が、11日午後5時ごろ、スーパーの敷地内で女子の同級生(13)らと缶酎ハイを飲んで騒いでいたところを店員が見つけ、近隣中学に連絡が行き、駆けつけた他校の教諭らに暴行を働いたという事件が今日のネットに配信された。

女性教諭(25)は打撲の軽症、男性教諭は鼻の骨を折る1ヶ月の重傷で被害届を警察に届けたことで、傷害容疑で書類送検されるという。

火曜日の午後5時となると、あたりは薄暗くなってきているころで、部活をやっている子ならそろそろ片付けや着替えを行っているころだろう。

どこでお酒を購入したのか?
スーパーも繁盛時の忙しい時間帯、未成年者と思われる場合、年令確認は必須ではあるが、販売店の良識に頼る部分もあるのだろう。
コンビニやスーパーといった未成年のバイトが使えるところによっては、「顔見知り」という場合や「すごまれて断りきれない」といったことで販売してしまうこともある。

20081104133554実際に私の街でも、未成年者らに販売をしてしまったコンビニが、未成年者飲酒禁止法に違反して販売ということで、50万円の罰金刑を受けたことがあった。
公園で騒いでいた未成年者らから足がついた事件だった。

中学時代から酒屋の店頭付近にあるビールの箱を万引きする姿が目撃され連絡を受けた学校が、公園で宴会していた生徒を見つけて指導したということも、数年前は多かった。

去年は、パトロールでコンビニの店長から赤ら顔で酔っている感じの中1(現中2)の男子がときどき店に買い物に来ることがある、と聞くこともあった。
地域のあちこちに、親も子が飲酒していることを知っているであろう家族が点在しているのだ。

昔から、公園のたまり場のゴミの中には、決まって酎ハイやビール、中には「鬼殺し」といったパック酒のゴミが散らかっている。
中高生ばかりではないにしろ、サッポロビールのサイトにある調査では、高校生の8割、中学生の6割が飲酒の経験を持っていて、そのうち週1回以上飲酒しているものは、高校生で14%、中学生でも8%にもなるとあった。

親が少しくらいならという軽い感覚で子どもに酒を与えたり、常習的に酒類の万引きを行っていることを知りながら、きちんと断酒指導を行わないところに納得がいかない。

若い細胞がすぐ中枢神経を刺激し、常習しやすくなるという理解がないと、飲酒に対する成長被害や依存性を説かぬままにしておくと、非行化はすすみ、ドラックや大麻へと発展していく。

高校卒業と同時に、専門生や大学生になった未成年者たちが急におとな振り、タバコや酒類に解放的な刺激を求めた結果、大麻汚染が広がっているような気がする。

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小学校で見つけたコンポスト

先週のK小学校での防犯授業の参観と会議に参加した時のことだ。

Cocolog_oekaki_2008_11_17_22_21図書室の窓から何気に見た庭に、『生ゴミたい肥化容器:コンポスト)』の青っぽい容器が土に埋められているのを見つけた。

ほとんどの小学校の校庭の隅には、大抵の場合、学校菜園で育てた野菜を家庭科の授業で利用したり、学年毎にミニトマトや朝顔といった定番のような鉢植え栽培を行っているし、用務の先生が育てるパンジーやヒャクニチソウなど花壇に使用する肥料が事務所玄関になん袋も積まれているのを見かける学校の方が多い。

学習用はともかく、設備への利用度が高い上に、中学のように給食センターでなく、給食室で作られるのだから生ゴミを利用すればいいのに・・・といつも感じていたこともあって、ちゃんと『生ゴミのリサイクルrecycleを行っている学校もあったんだと感心した。

やっぱり、代々女性校長の学校は環境に優しい上に掃除が行き届いている、と二度感心した。happy01

臭いや虫が湧くというイメージがあるので、懲りてしまうこともあるらしい、腰を痛めてからなおざりになっているベランダの花の手入れだが、ダンボール箱や八方スチロール箱で作る『ミニエコたい肥の作り方』を見て、まずは挑戦してみるのもいいかな?という気になってきた。

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ちょっと・・・どうなの?

20081117085136今日(17日)中学の挨拶運動のあと、公園に行ったらまたしてもゴミの山。
30ℓに一杯のゴミとなったが、『すき家』の15日17時付けのレシートが一枚・・・ふたり分のゴミ・・・という感じだったが、それにしても多い。

小袋入りのアイスボールのプラゴミが一箱分散乱していて、食べ散らかしもいいところだった。
トイレットペーパーが1ロール、木の枝に絡み、焦げているところもある・・・下を見るとライターが1個。
おまけに黒のスプレー缶が1本空になっていた。

13日の夕方5時には、この公園で、一見まじめそうなぽっちゃり系の男の子と女の子がキスシーンの真っ最中で、よく見ると中学校の制服だsign02

わたし「これこれ、あなたたち中学生じゃないの?もう日が暮れてるから帰りなさい。」
男の子「ぼくたち、高2です。」
わたし「高2でも、未成年だと、不純異性交遊っていうのよsign03 帰るsign03

明らかに中学の制服だったよ・・・なんて後日談で話たら、
coldsweats02 「私も犬の散歩の時に見たわ。つい2周も回っちゃった。あれは中3の子だわ。それにしてもよく声かけたわね」
coldsweats01sweat02(えっ・・・フツー声かけて注意しないのsign02

金曜日から放置自転車の通報も、5台分行っている。どういう連中が近辺を徘徊(?)しているのか気になるところではあるが、それ以上に交番への通報の仕方で気になることがあった。
連絡するとき、場所と防犯登録番号の有無は必須だが、通報者名と電話番号は担当者によっては省略されることもあるが・・・真面目な警官というべきか・・・生年月日を初めて聞かれてしまった。

いままで聞かれたことがなかっただけに、ちょっと嫌な気分となる。
pout 「どうして必要なんですか?これまで何度も届けてきましたけど初めてですよ。」
警 「規則ですから、本当は聞かないといけないんですよ。はい、どうぞ。」
わたし「発見した場所、自分の住所、名前、電話番号、(しぶしぶ周りにダレもいないことを確かめて)生年月日。」
警 「あれ?ここだと最寄の交番は駅前交番です。あちらへ通報を・・・」
わたし「生年月日まで情報伝えているのよannoyこの情報をあなたの方で伝えてくださいannoy私は二度も伝えませんpunch

う~ん、生年月日までを公道で伝えたものだから・・・つい怒りマーク状態になってしまった。
初めての善意で、これだったらもうやる気しなくなるのでは・・・。

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ひとつの情報が錯綜・・・ネットの怖さ

金曜の夜から落ち着かない時間の流れをすごしていた。

夜9時に友人から、『近隣の女子中学生が木曜の夜から行方不明なので情報提供のお願い』ということがケータイメール届いたからだ。

内容は(一部修正あり)、
『こんばんは。夜分にすみませんm(_ _)m××に住む○中2年の女の子が行方不明です。習い事にいくと昨夜7時ごろ、○中のジャージを着たまま黒い自転車(防犯登録していない)で出かけたそうです。親子喧嘩したわけでもなく、まじめな子だそうです。何か情報があったら連絡ください。他の人にも聞いて貰っていいですか?今の時点では写真、名前は伏せさせていただきます。既に警察もさがしていますし、保護者にも情報提供の緊急連絡も回っています。不審者等気をつけていただくと共に情報がありましたら連絡をください。よろしく! Aより』

というもので、第一報には写真と名前が添付されていない状態で回ってきた。

まず、送り主のBに確認の連絡を入れた。

わたし「この情報の発信者Aさんは友だち?」
B  「Aは、○中にいる友だちでB、つまり友だちの友だちから回ってきたんだけど、写真もないのに、探しってって言ってもねぇ。でも心配だったし、自転車とジャージははっきりしてるから・・・」

わたし「とりあえず、確認してからでないとまずいよ。」
ということで、確認作業が始まってしまった。

今日は、夜警察のパトロールもあったはず・・・パトロールに同行しているCに確認を入れたが、自分たちにはそういう連絡や情報はなかったという。

警察といつもの定例パトロールをしている警察サイドの関係者が聞いていないの?

じゃあ、これは警察組織と違う保護者会か有志が勝手にまわしたのか?

でなければ、チェーンメールかも?

ということで、Cと電話で話しているうちに、私のケータイメールには、友人たちから今度は写真と名前入りのメールがとどくようになった。
そうこうするうちに、電話相手の友人にも写真と名前、○小保護者会PTA役員という名称が入ったものも回る。

今度は、「補導員の連絡網ということで○小保護者会PTA役員の間で回っているものを転送します。」とある。
ここまでくると、情報の裏づけが取れているのかしら?疑っているのもどうか?と思っているうちに11時近くとなる。

パソコンの方も気になってみてみると、会長からも「環境部の皆さんに回して協力してください。」というのが来ていた。

本当のところ、気になった。
写真付き、名前ありでここまで見ず知らずの女の子の情報提供を呼びかけるメールが行き交う現状、事件性がある場合と、なかった場合のその後のこと、見ず知らずの友人のつながりがどこまで信頼のもとにあるのか??

「とりあえず、明日の朝、Cさんが警察の生活安全課に確認してから流します。」という返事を出した。
そして、翌朝のCさんの確認した返事は、「警察はチェーンメールだからストップして!問合せの電話に困っているんだよ。」というのだ。

チェーンメールだとしたら悪質だ。名前も写真もさらけ出されたことになる。
会長に「チェーンメールでした。ストップをかけます。」と留守電に入れ、打ち込みをしているところに会長からも警察に確認した、という返事が来た。

事の次第は、
①少女は実在しているが今現在不明であること。
②事件性が薄いこと。
③今回のような情報の発信は、警察が把握していない状態でかなりネットを通じて広く回っている点に問題があること。
④すでに、顔写真入りの掲示板への書き込みもあり、不特定多数に情報が流れており、収集不可能であること。
⑤こうなると善意ではなく、チェーンメール状態であることから、ストップをかける意味で「チェーンメール」という言葉を使った。

ということだった。

その後、「少女は無事保護された。」というメールが届いたが・・・

まじめに見えるから事件性が強い、という印象を与えるものだったが真相はわからない。
まじめに見えるから・・・言いたいことも言わない良い子に疲れ、溜め込んで、ふらりとやってしまったことだったのかも知れないし、どういう形で保護されたかわからないが、まずはホッとした。

そして、これこそネットの情報は自分の意図とは違うものになりうるということ、どこかがしっかりとした発信源となるか、という大きな課題でもある。

子どもたちのケータイ情報も錯綜し、おとな以上に広がったというのが、これもまた見えないだけに怖いことだ。

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地域の課題

地域ぐるみの学校安全体制事業の最後の会場校での実践が行われた。

今日の小学校は、地域の老人会のみなさんが子どもたちの登下校の見守りを積極的に行っていて、ここの女性校長は地域との関わりが必要と積極的な意見を持って見える。

他の小学校に比べて、開放的に見えるのは、老人会のパワーが強い点にあり、交通量の激しさ、非行少年を生み出しやすい生活環境、隣接する隣の中学校区が二箇所あることなど、交遊関係の広さか羅出る問題は大きく、長年苦慮してみえるのだと思う。

実践は、「3年生のセーフティーウォッチャーと考える安全について」「5・6年生のケータイの持ち方について」、このふたつの授業の参観と会議での意見交換となる。

まずは、会場が1階の体育館と2階の多目的室とあるが、実際これは校舎の両端にある教室を移動しなければならないこともあって、1時間で両方見るわけにも行かず、30分ほどの目安をつけて移動した。
Cocolog_oekaki_2008_11_14_00_52 ケータイ教室では、高学年と保護者にケータイについて取ったアンケートをまとめた結果が紹介された。

『子どもの行動範囲に広がりが見られる4年生頃から、親の方が安心を求めてケータイを子どもに与えているんじゃないか。』
これは子どもたちがまとめた分析結果。

結構、的を得ているかも知れない・・・中・高校生ともなると、ケータイでどうにかつながっているつもりの親は案外多い。
『親子ゲンカの末に、家を飛び出した中学生の娘に、追い討ちをかけるように「帰ってくるな!」annoy怒りメールを発信した結末が、出会い系サイトで知り合った男の家に3週間も居直ってしまって電源を消したうえに、両親が入院していてひとりになるからと家人を騙していた。』という例があるようだ。

その母親の知っている娘の友人関係を警察は捜したが、ほとんど2・3年前の友人たちで、今、付き合っている友人を全く親は知らなかったのだという。

そういったつながりの希薄さが思春期になると出てくることもあるが、本当につながっているのは言葉のコミュニケーションであることを忘れないで欲しい。

セーフティの教室では、地域で朝と夕方に何ヶ所かに立っている方が、3年生の子どもたちと安全な登下校について意見や質問を交換していた。

この学校では、地域のセーフティ登録者が50人、保護者のセーフティー登録者が10人という構成で、自治会の有志が張り切って交差点や何ヶ所かに分散しての活動を行っている。

月に一度の交換会が学校で開かれているというが、こういった交換の場所を頻繁に設けている学校はそうはない。

教頭による各学校の取り組みについての紹介があったが、それでいいのかしら?という思いだけがつのってくる。
当初、教育委員会から下ろされた募集方法の画一的なものから、少しずつ姿を変えてきてはいるが、保護者会役員は個人的に関わるという考え方が高いせいか、発展させて子どもたちを地域で守る、という取り組みにはなかなかなれずに、バラバラの方向を向いている情報や活動という域をでていないような感じの学校が多い。

発展的にみえる今日の学校も、内情はいろいろとあるようで、取りまとめの学校が一生懸命に活動してくれている人(個人)任せという状態が本音のところで、ここからどう発展させていくのかが見えてこない。

今日で最後となり、5回の各学校の取り組みが、カラー写真の素晴らしく取り繕った冊子が出ることになる。

解決できなかった情報の伝達・共有、地域と学校とのつながり・・・これは課題として、これからも残るのだと思う。
いやおうなく2年のうちに新しい中学校との線引きがこの狭い地域で起きる。
子どもたちや私たちの生活に線引きはない。

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会議にて

今日は、地域ぐるみ学校安全体制事業の集まりが午後からある。

立ち上がりが悪くなったパソコンに四苦八苦していたらメールが届いた。

『朝、中学校の駐車場側の校門の柱にスプレーで落書されていて、警察官2名と教頭が話をしていた』というものだった。

さっそく、メール登録がされている環境部員19名に向けて転送する。

午後になって参観と会議の会場になっている小学校に着き、教頭を見かけて話を聞くと、中学校近くの公園の砂場周りにも落書されていて、大体の目星は付いているという。

校門の落書はすぐ消したが、公園の落書は明日消しに行くつもりでいる、という話だった。

会議の内容は明日に回すとして・・・

近頃、寝袋で夜を路上で過ごす男女が出没したという話があったが、どうも一回見た!という話ではなく、何度か目撃されているという。
しかも、A中のダレとB中のダレという名指しでわかっていることらしい???

帰り際に補導の先生を捕まえて確認すると「そうだ」という返事が返ってくる。

ここのところ公園には弁当や酒盛りしたようなビール缶、酒ビンの割られた跡、避妊具のゴミなどがあちこちで見られ、てっきり高校生か無職の若者の仕業かしら?と思っていたところだったので、もしかしたら結びつく話になるかも知れない。

そう思うと、こちらは情報提供を惜しみなくしてきているのに、肝心の学校にある情報が月に一度の会議の席まで眠っていることになる。

地域情報の滞りは、いたるところである。

市と教育委員会が運営するセーフティーボランティアにしても、小学校や中学校の運営にはため息が出るようなじれったさがある。

今日の会議の進行といい・・・・地域が主導権を持っていないこと、試行錯誤の2年制の校長の考えで思うように進まない地域の安全体制・・・今日はグチリが相当に出そうなのでこれくらいに。

20081114094834(訂正)朝、再確認したところ、「上等」「先生の名前」「SEX」などの文字が床面など4箇所に赤く吹き付けられていた。
校門にある看板も赤い痕がまだ残っていた。
今日は定期テストでもあるため、剥離剤を購入し直して再度作業するとか・・・固有名詞(生徒指導の先生)が書いてある場合、学校の対処は、いつになく早くなる。

赤のスプレーというと隣の中学の非行少年のシンボルカラー(?)でもあるのだが、3つ、4つの中学が入り混じり学校関係者も連携を強めないと対処は厳しくなるばかりだ。

生徒指導の先生や小うるさい先生の名前が外に書き出される時、これまでの経験からいうとかなり危うい状況といえそうだ。もう警察にしか手が終えない状況というところだろう。

寝袋の少年たちの親といい、学校には限界のある親ということだ。

20081114094824

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女性はグチってストレス発散!

問題を抱えても、弱音を吐くことが許されない男性社会では、理論的に問題に取組む姿勢が求められ、反対に女性はストレスが溜まると、グチりわめき散らし思い切り発散しようとする。

職場のストレスが家庭でも大増殖!「グチが止まらない女」「弱音を吐けない男」(ダイヤモンドオンライン:西川敦子ライター、11月7日付)

女性の職場進出で夫がはけ口にとなっている状況が世に多く見られ、どうも男性と女性とで分泌されるホルモンの違いと男女の役割の違いがそうさせるということらしい。

副腎皮質から分泌される「コルチゾール」の量が女性の方が多く分泌される。
これは、「いやな目にあったことを簡単に忘れない」という特徴を持っているために、「水にながせない」ということになる。

ストレスを受けて分泌され、記憶をつかさどる脳の海馬の受容体に作用し、いやな記憶を植えつける。
同じ過ちを繰り返さないための子どもを守る母親の知恵として太古からつかさどってきたものだが、このコルチゾールは濃度が高くなると脳細胞をどんどん壊してしまう怖いものだ。

うつ病にこのコルチゾールの濃度が高い状態の人が多いという。
考えがまとまらない、嫌なことを何度も思い出して寝付けなくなったりと、精神活動を低下させ、意欲も低下させる。

コルチゾールによっても女性ホルモンの「エストロゲン」を低下させるので、ストレスがたまると感情面や精神面だけでなく、肉体的な若々しさも減退することになる。

珈琲(カフェイン)を飲んだり、ガムを噛んで紛らしたりするのもいいが、話すこと、聴いてもらうことで快感ホルモンの「ドーバミンが分泌され、それにつれて心を安定させる「セロトニン」の濃度が高まってくるという身を守るための本能があるのだろう。

女性にとって共感したり、おしゃべりをしたりすることは、健康的なことなのだ。

それをグチられる男性はタマッタものじゃないだろうが、男性には、もともと男性ホルモンの「テストステロン」コルチゾールを中和する働きがあるとかで、溜め込む人は少ないようだ。

但し、30歳を過ぎたころから分泌量は減ってくるので、弱気なグチリ男性が歳をとるたびに出てくる可能性はある。
反対に、この「テストステロン」レベルの高い男性は、ものごとに積極的で、出世する可能性も高くなるとか。

ただ聴いてもらうだけで満足するのが女性なのだから、優しく見つめて「うん、うん」て聴いてくれる夫はありがたい。
新聞広げて、他人事のように目を反らす夫を持つ主婦は、満足を求めて買い物や食べることに心を紛らすようになるのだから、どっちがいい?ってところでしょうか?

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車社会は人に優しくない

無謀な車の運転による事故が絶えない。

酒気帯び、スピード違犯を繰り返していた大阪キタのひき逃げ事件や、10日の千葉で起きた無差別殺人事件は「父親への腹いせに誰でもいいから殺したかった。」という身勝手なもので、24歳の銀行員が犠牲になった。

小中学生がゲーム感覚で乗り回す事件や、無謀な運転を繰り返す若者、アクセルとブレーキを踏み間違える年配者のケース・・・。

1960年代に本格化した日本の車社会は、わずか50年そこそこで自動車免許証所有人口は、8千万人にも昇るといわれている。

フリー百科事典『ウィキペディア』によると、2004年のケースでは、
交通事故発生件数 95万2068件
交通事故死傷者数119万0328人

1960年代以降、毎年1万人前後の死者を出しており、人口10万人に対して、9人の死亡者数ということになるらしい。

事故に巻き込まれた死者の8割は、自宅近くの1キロ圏内で事故に遭っているというデーターが地元の警察から出ていた。
便利な生活を果てしなく追い求めてきた結果ではあるが、日常生活における走る凶器であることを忘れないで欲しい。

それにしても、日本は車を中心に道路や街が発展しすぎていないだろうか?

Cocolog_oekaki_2008_11_12_00_00 新しい街がどんどん郊外にでき道路が整備され駐車場を確保する街並みとなっても、子が成長すると近辺の空き地は駐車場と化す。
田舎の町も同じで、町外れのスーパーや役所にいくための手段として、生活のために車が足代わりとなるが、年をとり単身者になると孤独になりはしないか・・・

どこへ行くにも車なしでは成り立たなくなり、鉄道は伸びず、利用の少ないバスは路線が減らされ、一時間に一・ニ本という状態は新興住宅街も田舎も変わらない。

こういった生活を続けていて、エコは本当に削減するのだろうか?と気をもんでしまう。

環境問題の点から見ても、車大国「ニッポン」も出力や燃費重視から欧州のようにCO2排出量の紹介をするようになってはきたが・・・
夫が車好きで家族が増えたことや環境に優しいことから、エステェマハイブリッドが出た頃、我が家もしばらく乗っていたが、夫が単身赴任した6年前に車を手放し、もっぱら自転車・電車・バスを利用している。

便利さを求めるのも業欲のひとつ?
駐車場の替わりに菜園を作るとか、乗り合いバスが町に発展するのが、地域に優しいエコへの取り組みじゃないかと・・・

車を手放したことで、凶器になりうる身ではなくなったが、犯罪者の狂気な心を持ったものまでが車の免許を当たり前のように持つことができる・・・怖いことだ。

追記:夫が足代わりに利用していた自転車が壊れたとかで、単身先で軽自動車を購入するとメールが入った。
保険に、税金、ローン・・・・・ε-( ̄ヘ ̄)┌ ナンテコッチャ…

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公園の監視役

公園や小学校の校庭など、私たちの身近な場所で事件や事故が相次いで起きた。

安全と安心が守られるべき場所であっても、曜日や時間帯、天候によって人の目が行き届かない場合もあるということを地域のおとなは感じていないと、子どもたちの声が聞こえない場所になってしまう。

私の住む街の公園や学校では、幸いにも殺人事件といった事件こそ発生していないが、何年か前には、中学校の掃除の時間にふざけが行き過ぎて、首の動脈をあわや切る寸前!という危ない事故が起きたことがあった。

あの荒れた時代と呼ばれていた頃のことだ。

掃除の時間にまともに清掃している生徒は少なく、ホウキも使い物にならないのも何本かあった。
チャンバラや野球のバット代わりに使われるためで、勢い余って窓ガラスが割られることも多かった。

教室掃除担当のA君が友だちと例のごとくホウキを振り回して遊んでいたときに、割れた窓ガラスの破片が首に刺さったsign03血は吹き出し、かかりつけの整形外科では「大きな病院に行ってください。」という事態となった。

危ないところで、あと数ミリずれていたら失血死していたかもしれなかったと言われた。
そんな事件があったにも関わらず・・・相変わらず、窓ガラスが割れるクラスは絶えない。

学校が組んでいる予算の中には、こういったメンテナンスを整えるための予算もあったというが、窓ガラスだけでも合計40枚ほどになったろうか・・・保護者会から10万円を修理費として寄付した年でもあった。

20081110143046 それよりも1年ほど前、こういった荒れの予兆とも言うべき事件が公園で起きた。
私が補導員になった年、長男が中学1年の時だ。

その頃、いずれ1軍と呼ばれるようになる1年の女子の中では、いじめが順番にターゲットを替えて起こっていた。
そういった中で、ひとりの女子が徹底的にやられたが、半端ないじめではなかった。

ある時、『来られる人は、至急○公園に集まるように』という連絡が入った。
学校近くの公園では、目も当てられないほどの状態となっていた。
レンガの壁やベンチ、滑り台、ブランコ、街路灯・・・公園中の書けるものすべてに、マジックやカラーマカーでターゲットの女子の名前や携帯番号、誹謗中傷、どこにつながるかわからないような電話番号が書きなぐってあったのだ。

公園内に留まらず、探してみると他の公園の遊具や公共の道案内板にまで書いてあることがわかった。
近所の自治会の方が学校に通報して明るみになった事件だったが・・・実のところ、こういったことが起きない限り公園に目を向けることはなかった。

20081110141253 こういったこともきっかけのひとつになったと思うが、この周辺の自治会の皆さんは、市から緑化推進活動の取り組みでいただける花の苗を公園のまわりに置いて、見守りの目の役割をボランティアでしてくださるようになった。

鉢植えの花が所狭しと並び、水やりや雑草の除去など、一手間も二手間もかかる作業を時おり楽しそうにして見える。

20081110141747それでも、お菓子やペットボトルのゴミが散らかっていることもあるが、こういった取り組みに発展したことは大きい。

写真をクリックすると少しは大きく見えます。

このわんこは、我が家のショコラです。
これでも7歳です。

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危険回避のしつけ

8日午後5時半ごろ、宇都宮市の中2の男子生徒が意識不明の重体となった。
いつも仲良く遊んでいた友人たちと、危険と隣り合わせの遊びから思いもかけない事態となってしまった。

その後の速報でも、9月下旬から今月にかけて少なくても3回、首まで埋まった後に早く抜き出た者が砂をかけて遊ぶ「砂風呂遊び」が行われおり、メンバーも入れ替わって遊んでいたということから、盛り上がる楽しいゲーム」という意識危険な遊び」という意識を薄れさせていたのかも知れない。

思いもかけない事故・・・というのは当人たちと、そういった現場を見ても黙認していた危険意識のないおとながいた場合の話だ。

首まで埋められて遊ぶ・・・さらに顔に砂をかけられるという、そこから想像する生き埋めという恐怖が、『恐怖やスリルからの脱出』という盛り上がる遊びのひとつとなっていたとしたら、ストッパー・止め役のいない友人関係が、今の子どもたちの社会のような気さえする。

4日には、川崎市の中学校の4階の教室から転落して死亡した中1の男子生徒がいた。
1持間目の国語の授業中、教師がプリントを配布しているときに「鬼ごっこ」をしていて、机に登ってバランスを崩したことによる転落というが・・・学校の授業中にわが子が亡くなるsign02なんて、親は想像さえもできない。

授業中にも関わらず、ふざけがいき過ぎているのに、教師さえもきつく止めることをしていない。

中3の少女によるひき逃げ事件にしても、同乗していた同級生の男子生徒はふたりもいたし、ありとあらゆる場所でふざけ、行き過ぎ、抑制が効かず、といった事故や事件はおとなの世界でも起こっていることだ。

小さな幼児の頃から、日本の子どもたちは寛容に育てられすぎているのではないかと思うことが多い。

ルールやマナーは社会性や身を守るための危険回避を意識したものを「しつけ」と呼ぶと思うのだが、それを教えるはずの親が先回りをしすぎるくらいに回避させたかと思うと、教えもせずに自由を与えてこなかっただろうか?

親が子に求めるのは「友だちのような明るい親子」関係で、子どもが友人に求めるのは、「おもしろい」という付き合いのできる関係だという。

バラエティ番組のような軽いノリいじりの世界が子供たちのオモテの顔の世界で、多少嫌なことがあっても、顔に出さずに家に持って帰っても、親にも話さずに飲み込む。
友だちのような親子関係を求め、物を与え、しあわせそうな顔をしている子どもに自分の安心があり、「何か」があっては安心していられない。

そこを子どもは察しているから、「ほっといて」ということになる。

不安や苛立ち、嫌と言えない環境は、危険回避能力を鈍らせると思う。

親子の関係の中にこそ、ルールとマナーがあって、「決して命を粗末にするような危険な行為はしない、回避する」という、気持ちを込めた子育てをしないと大切な人を守れないのではないだろうか?

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我が家のCO2排出量

地球温暖化 オゾン層の破壊 酸性雨 砂漠化 CO2削減 エコライフ カーボンオフセット・・・

温暖化防止京都会議で、2010年までに6%減(1990年比)という目が決まってからというもの、新聞やテレビのニュースはともかく、最近では企業CMでも毎日のように見聞きし、意識的に行動をさせられているようにさえ感じるときがある。

これまで、あらゆる欲求に答えるかのように生産され、物があふれ、消費し、ゴミになる。
車、電気製品、食事、ファーストフード、100円ショップ・・・新しいもの、カワイイもの、リッチなものと、自己満足を得るための消費文化が急激に私たちの生活を豊かにしてきた。

その結果、資源とエネルギーを大量に消費し、大量の廃棄を生み、化学物質を作りだし、自然のサイクルを壊す結果となった。

世界人口の20%に過ぎなかった消費社会が、さまざまな自然資源の80%を消費してきた。
先進国の経済発展が限りある資源の『浪費』を生み、豊かにモノがあふれる中で、心の欲求が満たされない人、化学物質やアレルギーなどの現代病が蔓延する。

発展途上国では、『貧困』『欠乏』から、さらに環境破壊が進む。

地球規模で、人が、生活と自然との共存と理解を広めるという「環境・エココミュニケーション」が必要で、企業としての取り組みや社会全体で取組みだした。

まずは自分の生活を見直すことから始めていきたい。

電気・ガス・水道の消費を押さえたり、捨てるものの再利用を検討したりする従来の方法に加えて、カーボンオフセットという方法がある。

日常から排出されるCO2を別の場所(発展途上国)が減らした分から帳消しにするのにお金を出す、というもの。
今、ひとりが年間に出すCO2は、約2100kgといわれている。
水道・電気・ガスの月の消費金額から計算する、我が家で出している年間CO2量は、3289kgで、排出した二酸化炭素を相殺するためにかかるコストは・・・13156円となる。(Yahoo!Japanの環境への取り組みアナタのCO2排出量を計算する>CO2排出量カリキュレーター>算出、で検索したところから計算したもの)

これに車を利用している家庭では、1ℓあたり2.3kgをかけるとより正しい計算になる。
自転車オンリーの我が家では、往復8kmを週2日走っている家庭よりも、年間184㎏少ない消費ということになる。

エコな4人家族の実態は、単身赴任先の消費型夫を入れるとかなりオーバーしそうですが・・・

 
 

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悪の烙印を押された音楽祭(回想)

関連記事→中学音楽祭最優秀賞「OH MY SOLDIER」

昨日の中学音楽祭と5・6年前の長男の頃の音楽祭とは、はるかに様子が違っていた。

ブレザーをビシッ!と決めたクラスもあれば、白シャツで統一したクラスもある。
クラスの23歳の担任が、毎週発行してくださっているクラス便りに裏話としての記事があった。

これを決めるのも、クラスでブレザーを着ない派VS着る派に別れて議論したらしい。
 「指揮者や伴奏者が動きやすい白シャツになるんだからクラスでまとめよう」
 「先輩たちの白シャツは、インパクトがあった」
 
「着ているほうがピシッ!とした印象だ」
 「さわやかな印象の白がいい」
 「シャツのすそが、だらけてみえるからイヤ」
結局、歌に集中する、という気持ちの多くにブレザーを着た方がいいということもあって、着る派がちょっと多かったようだ。

たくさんのステキな笑顔、晴れやかな満足感でにこやかな生徒たち・・・
芋洗いのように混雑したロビーでお弁当を広げる生徒たち・・・3年生は午後の大会に向けて練習に余念がない。
「ガンバルゾー!」「オッー!!!」
どこかでかけ声がすると思ったら、あちこちで気合入れをしだした。

実行委員の子たちも役割に沿って静かに動くし、非常ドアの外のトイレへに立つ生徒も、休憩時間まで立ち歩くこともない。
先生方の手招きで次々に出番に立つクラス以外は、静かに演奏を聴いている。

長男の頃は、シャツのすそを気にするどころではなく、ましてや歌に集中するような状況ではなかった・・・

荒れていた男子や女子のボス格の子たちを通称一軍と呼んでいて、取り巻きや後輩たちは二軍と呼ばれていた。
一軍が男女で5人ずつくらい、二軍は10ー15人はいたと思う。

荒れていた子たちには学校=仲間という居場所があった。
反対に、そういう子たちと交われない子たちが学校という居場所を失くした時代だった。

義務教育の中学校をひとつのステップにと割り切っているフツーの子たちやグレーゾーンと先生に揶揄され、テキトーにかわしている子たちもいた。
みんな心にオモリを持っていたと思う・・・と、いうのも親を見ればわかるからだ。

あっけらかんとして、問題など知らないなどという人もいれば、教育委員会に訴えているという人や親も子どもと一緒に悩んで苦痛な顔をしている人もいた。

Cocolog_oekaki_2008_11_08_00_08 その一軍と二軍の子たちの服装の乱れや髪染めは、当時の高校生のコギャルの影響を受けた感じだった。
ルーズソックスに、大きめのカーディガン、シャツを大きくはだけてリボンを垂らし、シャツのすそ出しは当たり前・・・

大ホールの同じ客席を立ち歩き、動きまわり、足を投げ出して座り、非常口の外へ勝手に出入りしてタバコをふかし、トイレの鏡の前で化粧直しにマスカラやリップを使い、香水をふる。

シャツだらだとステージに立てないのは承知の上で、無理やり直されてステージに出されても口パクもなしで、ダラけて立つのがやっとの状態だから、クラスの評価点は下げられ、優勝などできないクラスも出る。

何度も注意をされ、客席の暗がりの中でもその姿は目につき、気に障る。

翌年は、大きな「静かにしてください!」の白い看板を持つ実行委員たちが座席の間とステージの両端に立ち、ずっと掲げたままということもあった。

1年の秋からこういう状態だった学校の荒れは、3年目に校長が変わり、4年目から本格的に教師の入れかえも行い、長男の卒業から4年目に次男が入学したことで、私も久々の参観となったわけだ。

荒れていた○中と言われ続けた長男の中学時代、今は誇れる○中と、先生方の生徒を評価する言葉に、あの頃・・・不登校で動けなくなった息子に心痛めた私の胸が、またチクンsign01と痛むのだった。
少ずつ慣れてくる自分もいて、私より多くの・・・現場で踏ん張っていた今は19歳の若者たちのことを考えながら、音楽祭の時間を過ごしていた。

「OH MY SOLDIER」を聴きながら、余計にジーンときていた。

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中学音楽祭最優秀賞「OH MY SOLDIER」

Cocolog_oekaki_2008_11_06_19_34 昨日は中学の音楽祭の日。

長男が卒業して4年目、初めて一日を音楽祭の参観に費やした。
それもそのはず、最後のトリを飾るのは『保護者会と教師の混声コーラス隊』で、そのメンバー登録をしたことと、1年生の一番手が次男のクラスだったので、一日がかりとなってしまったのだ。

会場入り口では、900人近い生徒がホールのクラス席に着席するまでの時間のかかることといったらなかったが、とても良く先生の指示に従っているので混乱もなく5分程度の開始延長にすぎなかった。

兄弟それぞれ・・・7年という月日の中学時代の4回目の参観となるが、今日ほど素晴らしく整然とした音楽祭はなかったと思う。

実行委員の生徒たちの進行もスムーズに運び、最初に約束をした『一回目のブザーで始まりの予鈴、二回目のブザーで始まりの合図となるので、静かに聞く体制をとってください。』ということが守られていたことは大きい。

静かな雰囲気がすでに音楽の始まりのプロローグをかもしだす。

1年は煌めきのある可能性を込めて一つにクラスがまとまり、2年は勢いのある声で強弱のある落ち着いた味を、3年は圧倒されるような豊かな表現力と音楽に対する素晴らしい姿勢を見せてくれた。
特別支援学級の子たちも、今年もこれから街のイベントに参加して見せてくれるであろうリズム感のある合奏を披露してくれた。

宇宙と輝きを込めた1年の楽曲、心の詩を奏でる2年の楽曲、未来への旅立ちを込めた3年の楽曲で、上の子たちの先生が入れ替わり、選曲も変わった。
私たちも歌った「大地賛頌」を除いて・・・

中でも、最優秀賞に輝いた3年生の合唱曲「OH MY SOLDIER」(詩:鶴見正夫、曲:荻久保和明)は多くの保護者の涙を誘った素晴らしい曲と詩だった。

空よ はてしない空よ
風の中から 風の中から 聞こえてくる
あれは 誰の声
あれは 誰も知らない 若者の声
若者の声 若者の声

ゴメンナサイ オカアサン
ホシイ イノチガ モウヒトツ
イキタイ センソウノ ナイ クニ

モウイチド イキタイ
オカアサン ゴメンナサイ
モウイチド イキタイ
コノイノチ ホシイ モウイチド
コノイノチ イキタイ

Oh my soldier かえらぬいのち
Oh my soldier 言葉だけがかえる
Oh my soldier かえらぬいのち
Oh my soldier 言葉だけがかえる
Oh my soldier かえらぬいのち

空よ かわらない空よ
風の中から 風の中から 言葉がかえる
Oh my soldier かえらぬいのち
Oh my soldier
ゴメンナサイ オカアサン
モウヒトツ イノチガ ホシイ
オカアサン ゴメンナサイ
オカアサン オカアサン
空よ はてしない空よ かわらない空よ
Oh my soldier オー m-
 

ぜひ聴いてみてみてください。画面に出るまで、数秒時間がかかります。→OH MY SOLDIER左のリンクは混声合唱団「麗鳴」の北とぴあ合唱フェスティバル[指揮:仲館伸一、ピアノ:遠藤有子さんによるものを使用しました。ストリーム再生にADSLでないと難しいとのことです。

戦場で最後の時を予感させるこの詩を15歳の少年少女たちが歌い上げる。
戦争で散った多くの二十歳そこそこの若者たちと姿がダブるような、悲哀がある。

作詞の鶴見さんの言葉
『これは戦争で散った世界中の無数の若者の命へのレクイエムである。』

死にたくなんかない 生きたい

そういう魂のこもった歌を聞かせられた会場の保護者たちの目には・・・

戦争なんかに子どもたちを行かせたくない 行かせない

という思いがこみ上げ、ひとつの空気に包まれたような印象さえあった。

何度か長男の頃の音楽祭が話題になるが最低の烙印を押された音楽祭と最高の気分で感動した音楽祭を体験した瞬間だった。 

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大我と小我

小我大我という私がいて、これは誰の心にもある。

小我は、人の意識の入らない自分だけという世界。

大我は、執着のない見返りを求めない無償の愛

小我は、分断し奪い、脱力していくエゴで凝り固まった自分。

大我は、積み重なり与え、切り開いていく自分。

小我という心理状態に振り回されても、

道が開かれると、大我という真理に目覚め喜びを感じるようになる。

大我という真理を究めると、

小我を悟り、導きのための心理を語れるようになる。

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ガラスの公園再び

夜間パトロールの計画を立てる上で悩むのが、コースの設定とその所要時間を45分くらいに抑えることだ。

初めての夜間パトロールを設定したおりに、1時間丸まる歩くコースを考えてヘトヘトになった。
声かけも必要なパトロールに、歩くだけで精一杯というのでは意味が無い。

今回は、新しいショッピングセンター周辺や今まで行くことのなかった学区のはずれなどをコースに入れるため、大きくコースの建て直しを行った。

そこで、一度歩いてみて時間を計ろうと先日のガラスの散乱した公園の方のコースを歩いてみた。

20081104133554 公園は、連休前にアルコールビンの砕かれて散乱していたゴミもきれいになっていることだろう・・・・と足を踏み入れて驚いた。

20081104133042 さらに、ひどい状態に変わっていた。shock

もちろん、31日に連絡したガラスは片付いていた・・・が、隣にあるショッピングセンターの買い物袋があちこちに吹かれ、ポテトチップの菓子袋にアルコール缶、タバコの吸殻が散乱、さらにビンの尖った破片が地面にころがっているという状態だった。

今日はあいにくゴミバサミを持っていかなかったが、夢中で広い集めていた。

20081104134248 そして、転がっているカラースプレー缶・・・3つ・・・“あっsign02と思い遊具を見ると・・・
∑q|゚Д゚|p

また遊具のいたるところにカラースプレーによる落書でやられていた。

一体誰がこんなことを・・・落ちているレシートには「○酒、10月31日、午後4時30分」とある。
4日までこの状態だったのだろうか?さらに追い討ちをかけて汚されたように思える。

20081104134751(タイヤも黒光りのスプレーで・・・)

ゴミ、缶、ビン、カラースプレーとライターに分別して買い物袋7つ分を固めておき、公園管理事務所に連絡した。

20081104134315担当のU沢氏に、『カラースプレーには指紋が残っているでしょうから、まとめたゴミと置いておきます。』と伝えた。
あまり乗り気な様子ではなかったけれど、前の担当者U木氏の時ほどひんぱんにひどい状態ではないから・・・どう対処されるかしらと案じる。

その足で、中学に行き、警察と育成に配布する『夜間パトロール協力のお願い』文の確認がてら、と思いきや会議中だったので文書だけ置いていく。

中学では、掃除の真っ最中だった。
どの子たちもきれいに磨きあげている姿が心地良かった。

刷毛のような小さなブラシで階段の隅のほこりを掃き寄せたり、一段一段ていねいに磨く子、落ち葉を一生懸命掃き寄せる子・・・本当に気持ち良い校舎になる。

今度は、補導センターへ。
午後から近隣の中学4校と警察を含めた情報交換会があるとのこと。
最近の様子もここで各校が持ち寄られることになるのだろう。

地域の情報を広く集め、非行対策の一つとして役立てて欲しい。

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ガラスが飛び散った公園

31日、金曜日の連休前、公園清掃に出かけた。

1日からの連休に公園で遊ぶ子どもたちのことを思うと、少しでもきれいな状態にしておきたいという思いからだ。

いって正解だったsign03

通称ハーブ公園では、食い散らかしのゴミやタバコの吸殻をいつものように片付け、何気に林の方を見て驚いた・・・ヾ(.;.;゚Д゚)ノ ・・・コンドームが・・・それも、ふたつもsign03

今年の夏から今日まで、清掃に出て公園で見つけること3回目、マンションの駐輪場やエントランスにもあって、5回目の遭遇となった。

Cocolog_oekaki_2008_11_03_16_43 気を取り直して、小学校横にある公園に落ちていたお菓子のゴミ(ちょっと多め)を拾い、大型ショッピングセンター横の公園へ・・・

ここでは、食い散らかした弁当のゴミに混じって、宴会でもしたのかアルコールビンが5・6本分、木端微塵に割られ砕かれて散乱しているところが公園中の5箇所にもあって、自分ひとりではとても無理・・・公園管理事務所にケータイで連絡した。

こういう時は、公園に掲げてある看板にも、連絡先が書いてあるので利用するといい。
管理者から清掃業者に連絡が行き、今日のようなガラスの散乱や生ゴミ、危険物だとすぐ駆けつけてくれる。

いつも持って歩くのはゴミバサミだが、こういう時は箒にちりとりでないと取れそうもない。
ただでさえ、自転車に30ℓのゴミ袋に溢れんばかりのゴミを積んで、ハンドルに不燃物や空き缶・ビン入りの買い物袋をかけて走っている姿はただならぬ感じでしょうから、箒を挿して・・・は、想像しがたい。coldsweats01

とりあえず、子どもたちが学校から帰るまでには来てくれるだろうと安心する。
朝から近隣の二つの小学校の遊歩道と公園探索をしているところに出くわす。
きれいな公園になっていてよかったね。scissors

このあと、散らかしがあったという公園に行ってから、久しぶりに恒例の駅前清掃に参加したが、今日の参加はふたりと寂しいものだった。

ゴミを積んだまま補導センターの先生に会いに行った。

補導センターの先生に公園のゴミから見た、たまり場の状況を伝えるためのもので、清掃されてきれいになった公園からは、その様子を探ることができないため、地域情報の担い手としては正確にわかっている範囲で伝えようと思っている。

案の定、きれいになりつつある公園の様子から、コンドームなどが落ちていたり、食い散らかしがあったとは思いもよらなかったようだ。

きれいになることはいいことではある。
それだけ犯罪の芽を見逃さない目(eye)を持つことができるのだから。

ただ、ひとりで満足したり、情報が途切れてしまっていては、正しい街の様子が伝わらなくなる。

11月中旬の夜9時半に育成で計画した夜間パトロールの応援を頼み、情報を地域に発信しつつもきれいな街つくりを目指していきたいと思う。
中学のおやじの会も積極的に参加してくれるのがありがたい。

2008100308285220081020093153さて、土木事務所に連絡していた枯れ松(左)が、松の若木3本(右)に植え替えられていた。

添え木にしっかりと支えられ、危なげである・・・しっかり根付く頃には、この道を通る小学生たちは新しい中学に通うことになるだろう。

その頃まで、私も頑張っていられるかしら?

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仕事を辞めたいという子に

昨日、地域の親の会のサポートをしてくださっている上級カウンセラーの先生による講演会を開催した。

『ゆれうごく親の心をわかって欲しい・・・』

テーマとしては、ちょっとわかりづらいところもあったかも知れないが、これまでの一般的な講演会とは違うスタイルで、「親として困っていること」をあらかじめ書いてもらい、その本当に困っていること、聴きたいと思うことをひとつひとつ取り上げながら、全員が満足して語りたいことも語ってもらおうという試みだ。

子どもの不登校や非行に悩む親が、それを克服して進学し、やがて夢や希望、あるいは流れに沿って、それぞれの進路で社会に出始めていた。

そういった中で、わが子も同じ悩みを持って生きている・・・そういった子の困ったこと・・・

仕事を辞めたい、辛い、しんどい・・・そういいながら毎日ため息をつく子・・・親として、どう受け止めてやればいいのかと悩む・・・乗り越えて欲しいと思う、が、それを声に出すこともためらい、毎朝送り出す私も辛い・・・それに対する講演が始まった。

学校生活をフツーに過ごしている子でも、何らかの葛藤やくじけそうになった体験を乗り越えて生活している。
当然のように子育てを任された多くの母親が、素直な気持ちで夫や子どもに辛い、投げ出したいと訴えることができないでいる。

子育てに悩まない人はいないが、何度も挫折を繰り返し、生き辛い思いを共に過ごしてきた親にとっては、息をつく時間が必要になる。

『辞めちゃえばいいよ。』
『いくらでも、いいところはあるさ。』

と、軽くやり過ごせる親だったら、どんなにいいだろう・・・
“引きこもってしまうんじゃないか・・・という不安がつきまとう。

誰とも変わることことのできない現実に立ち向かうのも、自分しかないということも知っている・・・だから、苦しむし、苦しみを上手く伝えられるようになるのが20歳前後あたりからで、この頃になって、やっと過去に持つ負の部分を言語化して語ることが出来るようになるという。

それができない小さな子は、母親の笑顔を勝ち取ることで生きようとするけな気な命がそこにある。

Cocolog_oekaki_2008_11_02_17_00 心の奥底に命という世界がある。

その深い深い・・深層心理の裾野にある無意識、内にある不安、不信、苛立ち、辛さ、恐怖・・・この中に封印してきた苦しさは、親が悲しむであろうことの多くをも封印してある。

時には、自分で取り出すことも困難なくらいの触れたくも無い傷もある。

心の不安は、行動化し、身体化し、精神化し、それらを乗り越えて言語化する。
(行きたくない!と素直な気持ちを伝えられようになるまでには、体調に不具合が生じたり、泣いたり、反抗したりしながら親の持っている良識を乗り越えて、理解をして欲しいがための抵抗をしてきた子たちでもあるし、我慢をしてきた子たちもいる。)

言語化できたことは、それを言わし召せた空気が家庭の中、親(私)自身にある信頼と受け止める力を持っていると子どもが感じたからで、葛藤を乗り越え親(私)を信じて伝えてくれた子(あなた)に安心と安らぎがあったから・・・最も信頼のある親子の関わりができたときだ。

言語化できたことで、「辞めたい」とひんぱんに口に出されると、それ自体は、非常にいい葛藤の時期で、子自身が乗り越えるべき問題とわかってはいても、見ている親の方も辛くなりがちだ。

これは、親の辛さを解き放ちたいという気持ちであって、子の問題を辛いという自分の問題に摩り替えてしまった結果でもある。

相手を否定し、動かせようとするもの、さらにせがんだりすることは、相手を否定し状態を悪化させるだけとなる。

自分が対処しなければならないと自覚しているから苦しんでいるのだ・・・縮こまっている姿を想像してみると、必ず大きく伸びをする時が必ずやってくる。

その時期が必ず来ることを信じ、待つことこそができる親になりましょう。

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月を見て思うこと・・・

Cocolog_oekaki_2008_11_02_00_36 今日(1日)の月は、『四日夜』、次の満月まで12日まである。

講演会のあと、買い物をすませ外に出ると、どこまでも濃紺の南西の夜空に月と「宵の明星」金星だけがひときわ輝き美しく、帰りを急ぎながらも何度か空を見上げて見とれていた。

もう一度見られるのは12月1日と一ヵ月先になりそうだ。
接近して見えるということなので、目のいい人になると月のように太陽の影が見られる人がいるかもしれない・・・残念ながら丸い星にしか見えない私ですが・・・fullmoonmoon3

私は月を見るのがとても好きで、澄んだ夜の空の月を見ては、『ののさま・・・』と幼い頃の月の呼び名の響きを思い出す。

今、思い起こせば『ののさま』は、月ではなく、亡くなった姉のことを思い手を合わせて拝んでいた母の姿を見て、幼い私は月を拝んでいたと思っていたのかもしれない。

こうやってブログに思ったこと、感じたこと、私の気持ちを言語化し打ち込む。

人と人との結びつき・・・コミュニケーションの手段である言語が私たち人の発展には欠かせない。

意識して行動し、精神を伝えるのに、言葉の壁を超えながら世界が地球規模でつながり、また壊れるのも、言葉の行き違いや意識の壁が越えられなかった点にある。

グローバリゼーション「地球規模化」で、人や金が動き、物が流れ、とりわけ弱い国が強い国に文化や資源が侵食していく速さが異常に感じる。

アフリカの熱帯雨林は、中央アフリカ、カメルーン、ガボン、コンゴなどに残されていたが、本来ある熱帯林の85%は失われている。
地球温暖化によるものでなく、人為的なもので、木材を燃料とするための森林の伐採や焼畑を目的とした原生林の破壊や開拓が原因で、砂漠が進み、それによって温暖化を招いている。

とりわけ中国の貪欲さを感じたのが、先日テレビ朝日で放送されていた「中国のアフリカ・ガボンの森林破壊と植民地化」(題名は?)の話だ。

森林が国土の80%を占めるガボンと資源の確保をしたい中国との関係は、表向き良好に見えても、利益だけを追求しているパートーナーとしての顔が浮き彫りになっている。

2011年には、総工費50億ドルともいわれる鉄鉱石採掘に中国人が5万から11万人入るといわれ、5億㌧とも言われる全ての資本は、中国に輸出される。

資源のある国立公園の中を切り開いている中国の環境操作隊は、すでに400キロ㌶(東京デズニーランドとシーをふたつ足して×4した数字)伐採し、分別なしのずさんなゴミ問題をおこし、乱獲商売をしているため、地元民の反感を抱いている。

「中国が(アフリカの)天然資源を根こそぎもって行き、安価な商品を運びいれるために倒産する企業も多い。」というのだ。

グローバリゼーションの中にルールが必要だ。
政治家たちの見えない足元の部分で、モラルの崩れが起きている。

地球のどこからも平等に見える月・・・

月を見て心が洗われると思う自分のように、みなさんも気持ちよく月を見ていますか?

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法の日週間の少年審判(模擬)③

法の日週間の少年審判①(模擬)法の日週間の少年審判②(模擬)

・・・つづき

付添人と調査官にも意見を求め、審議に入る前に、少年と保護者は一時退席となる。
少年は、鑑別所職員によって、手錠と腰縄を付けられて、父親と付添人が退席をする。

裁判官と書記官、調査官、が残り少年の審判について審議する。
少年の内省をどう見たか、できているか?
自分と向き合っているか?
再生への意欲がみられるか?

16歳の少年の場合、事件の内容から見ても、昨年の傷害事件の短期保護観察が解除された直後に起きた今回の事件ということもあり、中等少年院送致は、すでに決定している。

調査官の度重なる親子の面談から見ても、少年はカアッーとなりやすい性格や父親との関係に向き合う姿勢も見られ、父親も息子との関わりをきちんと持とうと努力する姿が見て取れる。
出所後のことにも触れ、すでに、退職してしまった先の鉄工所の社長が再就職できるように道筋も付けてくれていた。
ただ、昔の仲間と切り離す努力が必要ということが、課題として残る。

当初、1年の長期入所として、検討されていた少年だったが、短期の6ヶ月入所とするのが妥当ではないか、ということが協議された。

協議がまとまると、少年と保護者、付添人が電話で呼び戻される。
少年は再び手錠と腰縄が外され、審判の決定を待つ。

裁判官は、大事件のきっかけを作った特殊警棒で傷害事件を起こしたことの重大性についてを少年にわかるような言葉で触れ、カッとなる性格を更生すること、遊び中心の生活を改善する努力をすることを継げた後、中等少年院へ一般短期の処遇を伝え、不服の場合は申し立てが出来ることを告げる。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ここまでの模擬審判が家裁職員によって演じられた。

12月5日から少年事件の審判法改正もあり、犯罪被害者や遺族に非公開であった少年審判の傍聴ができるようになる。(但し、12歳未満の場合を除く)

今回、初めて審判の様子を本番さながらに傍聴する機会に恵まれた。

少年法で裁かれるのは20歳未満の少年で、非行を犯した背景や要因には、家庭環境の影響を大きく受けた人格形成の未熟さにある者も多いのではないだろうか。

少年審判と刑事裁判の違いは大きく、非行を犯した少年の健全育成を目的とし、立ち直らせること、再び非行に走らせないことを目指している。

罪を裁かれ、懲罰としての懲役に処せられるという刑事裁判とは違い、裁判官は少年にわかりやすい言葉で理解に務め、時には諭し、悩みや不安を聴き取り、自分に向き合わせることで、内省に導いていく。

例えば、『内省・・・つまり、自分の考えや行動を深く反省していくことが必要だよ。』というように、少年がより理解しやすい言葉で、伝えようという姿勢をいたるところに感じた。

罪に向き合わせることによって、反省し、自分と被害者に向き合わせることで、更生し、社会に送り出すことが少年法ということだ。

犯罪を犯した少年は、少年事件を担当する家庭裁判所に全件送致される。

家庭裁判所では、非行の原因を究明するための専門的、科学的な調査を担当する調査官や少年が健全に立ち戻れるように医学・心理・社会・教育学的専門知識で探る心神鑑別を担当する少年鑑別所での調査と判定を行った鑑別結果をもとに審判が行なわれる。

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