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2009年1月

夢や希望があっての未来・・・生活苦が原因の不登校

<中学生不登校>生活苦も原因 保護世帯の1割 東京・板橋(毎日新聞)

不登校:2年連続増 小中生12万9254人 中学生、34人に1人ーー昨年度(毎日JP)

中学生の不登校が多い板橋区の独自調査で、家庭の経済状況との関連を調べたよころ、低所得も大きな要因とみられる結果が出た、というニュースが出た。

板橋区の生活保護を受ける中学生449人中、不登校は52人。発生率は11.58%で援助を受けない子の4.8倍。

杉並区は昨秋、生活保護を受ける中学生70人を調査。ケースワーカーが「いつも家にいる」ことから不登校と判断した中学生は6人で発生率8.6%。前年同期の区全体の不登校発生率(2.19%)の約4倍。

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文科省の生徒指導上の諸問題の現状についてより、
 第5章 不登校

不登校とは,「何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にあること(ただし,病気や経済的な理由によるものを除く)」をいう。
 
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小中高合わせておよそ18万人ともいわれている不登校問題。

これまで経済的理由を除くとしていた不登校生徒の家庭事情に踏み込んだことは、今の社会状況からみても解決に結びつくとしたら大きな実態調査になると思う。

貧困のために親が子どもの生活に合わせて朝食を作って学校に送り出したり、洗濯やお風呂に入る習慣さえ整えられていない生活をする子もいる。

「母と女性教師の会」に参加したおりに、育児放棄の実態を知った。
夜遅くまで仕事をしているために、朝起きられず、子ども(女)も髪をとかす習慣のない児童がいたという。
髪はクシャクシャ、朝食は用意されていない、給食で空腹を満たす、洗濯されていない服、学校には遅刻しがちで、朝ちゃんと起きる習慣もない、という話を聞いた。

極端な例かもしれないが、親が生活するだけで手一杯の状態なのだ。

高校進学97%の時代に、家庭の事情で進学をしない・できない生徒がいる。

自分以外の同級生たちは、早い子は小学校から塾に通い始め、中学に入ると部活や高校進学のためにある種のレールが敷かれ始める。

そのレールに乗ることが叶わない・・・15歳の少年少女たちは、中学卒業と同時に現実社会で生きるという夢とはいえない代物があるのかもしれない。

「勉強も学校もやめた」

夢や希望があっての未来なのだから。

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福岡中1自殺、担任の体罰が原因?

1月19日の朝、登校中の中1の男子生徒が、自宅近くのマンションから飛び降り、自殺をした。

生徒は、昨年6月に足をかけられ、自殺する3日前には頭をげんこつでたたかれるなど、担任の男性教諭(37)から体罰を受けて「死にたい」と洩らしていた。

福岡中1自殺、3日前に担任が体罰・・・校長「要因の一つ」(読売新聞1月29日配信)

担任との大きな溝は、昨年の6月に、この男子生徒が同級生をいじめているとして、理科準備室に呼んで問いただし、認めないことを理由に、生徒のひざを4回けり、げんこつで頭をたたいたことにある。
このとき、「否定したのに、何を言っても信じてもらえない。帰り道で車に飛び込んで死のうとしたけどできなかった」と母親に訴え、2日後、体罰があったことを謝罪している。
生徒の担任であり、所属する運動部の顧問でもあった

その後、担任でもある教師は、「忘れ物を2回するとげんこつ」というルールを設けて、これに違反した生徒を他の生徒の前でたたいたという。

母親への携帯電話に残る十数回の不在着信や友人に遅れなかった「部活そぼった 先生がまたなぐった 電話していい」という。
助けて欲しいというメッセージが届かなかったことは、どこまでも辛い記憶となる。

いくつもの辛い負の連鎖がある。

「いじめを疑われたこと」・・・理科室で教師と生徒のふたりだけでのやりとりは、それだけでも威圧感がある。「疑う」「決め付ける」という前提で「認めさせる」「謝らせる」ことを目的におき、「感情的」に体罰を行うという教師の態度は、不信感と恐怖を生徒に植え付けさせたと思う。 

「体罰がまた繰り返されたこと・・・体罰を謝罪したはずなのに、これでは日常的に行われ、暴力を容認していることになる。 

「担任であり、部活の顧問であったこと」「忘れ物をした教科の裁量で片付けられなかったこと」・・・不信感を持った生徒の居場所が教室に求められなくなる、また、相談できるおとなが身近に誰もいないに等しい。 

「部活を休んだこと」・・・担任に会うことは、もはやDVの兆候が出ているような気がする。 

「月曜日の朝だったこと」・・・自殺する男性で一番多いのは、「また苦痛の始まりの朝」を迎えるという曜日であり、朝であったこと。

いくつもの約束事をしっかりと設けていって欲しい。
「疑ってかからない」
「決め付けない」
「事実を聞き、受け止めて欲しい」
「暴力を肯定しない」
「カウンセラー資格のある先生をつけて話を聞いて欲しい」
「複数の教師と接点をいくつも持って欲しい」

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街の破壊とおとなの姿勢

20090127141841 (写真は、プレハブ校舎の割れた窓の補修部分と、うっすらと残る落書の後がみえる)

24日の未明に起きた中学校への落書とガラス損壊の事件は、年末の窓ガラス大量破壊事件のように報道されることはなかった。

校長の判断で、警察発表を見送ることにもなったという話を聞いいた。

受験期を迎えている3年生や1・2年生の後片付けの手伝いをしてくれていた運動部員たちの心の動揺も推し量ってのことだった。 

何かあるたびに、「情報を操作しているんじゃないか?」

「犯人は解っているはずだ」

というネット内の陰口は後を絶たない。

じかに現場の惨状に直面し、心の痛みや空気を感じている教師や生徒といった被害者は、「問題のある中学校」というひとつの汚名を着せられているかのようでもある

前日の参観日で見た校舎は、一見きれいに片付けられているかのように見えるが、一方から見ただけでは計り知れないほどのダメージを受けていた。

校舎のいたるところにあった落書を消したあとは、点々とあちこちにあった。

部室、体育館はもとより、校舎も奥の奥にまで、ここまでも、というくらいの<傷痕>だ。

生徒や教職員だけの学校ではない。
代々、自分の子どもたちを卒業させてきた母校でもあるし、中学校を中心に地域がひとつになる場所でもある。

大切な次世代の子どもたちを育む場所を汚されたり、恨みを買ったり、愉快犯の遊び場ではない。

さまざまな理由で、自分の未来に希望を見つけられない人たちの仕業ではないかと考える。

昔の・・5・6年前の中学の荒れ方に思うのは、
「早く卒業していってくれ!」
「そうすれば、立て直すことができる」

この排除ともいえる感覚は、不良と、その影響を受けた多くの連中と、その学年全体がとにかく卒業さえしてくれれば・・・という意識が、次の年度の建て直し計画から肌に感じてきた。

数多くの転校、不登校、いじめ・・・それらを一度リセットするかのようでもあった。

そういったくり返しをいくつも繰り返してきても、進学した者もそうでない卒業生も、やがてバイクでの暴走行為や退学、暴行行為といった反社会的な行為で、後々までこの街や中学への破壊を引きずる形になっていくのは、どこの都市・町にも見られる。

「問題のある中学校」の汚名が、「問題のある学年」さらに「問題のある生徒」にまで絞られていくのではなく、「地域は、社会は、おとなは、どうあるべきか?という姿勢を共有していかなければならない時のような気がしてならない。

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気の緩みが危ない

次男は、今日で6日目のお休みで、原因は「ただの風邪ですね。」と病院の女医さんに木曜と、月曜の2回も言われた・・・それにしてもしつこい症状に、本当にただの風邪?

39度の高熱のあと頭痛、喉、腹痛と症状は変わるわ、夜には苦痛で喚くわ・・・夜は私も寝られず、ちょっと疲れ気味です。

クラスで昨日は9人、今日は7人の欠席だそうで、学校全体で見てもインフルエンザと風邪の欠席者は多く、学校近くを通りかかると親が子どもを車で引き取りに来ている姿をよく見かけるようになった。

つい先日も、真っ赤な顔をしてこらえている生徒を途中で引き取りに来てもらったらしいが、インフルエンザの報告が来たというから、頑張りすぎるのも考えものです・・・sad

今日は、授業参観と懇談会のある日で、「百人一首大会」と銘打っていた。
次男はいないが、学校に堂々と入っていって様子を見る絶好のチャンスではある。 

2時近くに行ってみると、300名もの1年生が6人一組となってクラスと個人対抗で勝負をしているところだった。

生徒は、盛り上がっているのだが、それを囲む親の方が遠巻きに見ている様子で、自分の子どものそばには「来るな!」と言われているらしく、ここにいるのだという。

みなさん、お子さんから離れすぎていますよ。そばにくるな!って言われても、笑顔の届くところで本当は見て欲しいんじゃないかな・・・っと。

子どもが来ていないこともあって、私は、子どもたちの様子を見てまわることができた?

みんな頑張って接戦を繰り広げているグループも多く、ひとり勝ちしている子のいるグループでは、どうにかみんな何枚かは阻止してゲットできたみたいで、(happy01ヨカッタネ)

ひとり勝ちしている男子生徒のお母さんがすぐそばにいたので、「凄いですね!」と思わず声をかけて、一緒に応援しました。

それにしても、やっぱり、生徒数多すぎです!!
これでは、この中で自分を引き出してもらえるのって至難の技のように思える。

最初の整列がダラダラしすぎて残念!
という評価をもらったが、多いがために、かけ声ひとつで整列するのも、かなりの努力と集中力が必要のようだ。

学級懇談がなくなり、今日は1年全クラスの学級代表のひとりひとりが保護者の前で、自分のクラスの頑張っているところと、問題に感じているところの発表をしてくれた。

クラスの団結は、音楽祭での3年生の姿に影響されているようで、「まとまりのあるクラスを目指し、さらに団結して問題に取組む姿勢を目指したい」という言葉をそれぞれに感じることができた。

クラスの問題は、不用品も持ち込みや起立の乱れがあちらこちらに見られているという。

香水、ケータイ、お菓子、カバンにつけるマスコット・・・どれもが不用品で、親の知る範囲で校則は守れるはずのものである。
(これくらいはいいだろう)
この気の緩みが、大きなツケとなったのが、過去のクラス崩壊や学校崩壊のフツーの子たちのグレーゾーン化の増殖だった。

ここから、さらに目立ちたい子たちは化粧や規定の制服以外で登校するようになったのだ。
いけないこと、ダメなことは、はっきりノーといえる環境を学校だけでなく、家庭や地域で超えにしていかなければならない。

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駐輪場の管理者は本当にいるの?

市営の駅前駐輪場を久しぶりに見に行った。

平成17年、20台の不審な放置自転車の監視から始まった駐輪場の無法遅滞は、少年たちのたまり場となり、不要自転車の投棄場所となってゆき、いつの間にか放置自転車は57台の山となって、駐輪場としての機能はなくなっていた。

1年かかってゼロになった自転車のゴミも、人の目がないと、4台に始まって12台の放置状態になって行き、バイクが分解され、代替わりをした少年グループのたまり場となって、落書が始まる・・・そういったことが繰り返されるほど、市の管理も全く感じられない、お手上げの状態だった。

何度か、「不審なバイクの駐車、壊れたままの自転車、伸び放題の草、街灯が壊されてガラスが飛び散り真っ暗になった駐輪場の状態は延々と続いていた。

あれから4年目に入ろうとしている。
昨年の秋から草の手入れが施され、市の維持管理課に駅周辺で、放置自転車の撤去を呼びかけているせいか、増え続けていた利用者も駐輪場に移りつつある。
20090126115416_2
一見すると、きれいになって利用者も増えているように見えるのだが、自転車の間にカギの壊されてない状態の不審な自転車が2台並んでいたり、差そるのない自転車、穴の開いたマフラーのバイク、置きっぱなしの損壊バイク、砕けていた奥の街灯もガラスは散らばったままの変わらぬ状態で、相変わらずの怪しい雰囲気を漂わさせていた。

20090126115811_2 たまり場になってほしくないから巡回しているのだが、少しずつ改善されていく様子が余りにも遅いため、放置される自転車や壊されるバイクは現状維持からいい方に向いてはいない。

駅前から移動できない自転車の持ち主の理由は、このラインから奥の置き場は要注意!なのかもしれない。

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破壊事件と公園との関係は?

20090126130057_2 今日(26日)は2週間ぶりの公園まわりとなってしまった。

次男の風邪による高熱と雨でまわれないままに、中学校の落書・ガラス破壊事件なども起きていたので、「何か」あるかもしれない・・・そう思って出発した。

南の古墳公園の前に気になっていた「駅の駐輪場」も見てきたが、これは後日に。

南の古墳公園では、1月16日に分解されたバイクが山頂にあると聞いていたので、「撤去されているか」の確認で行ってみた・・・プラスッチックの青い破片?が両手分落ちていた。
巡回に見えた南小の教頭先生の話では、
「放置バイクは気が付かなかったが、バイクの組み立て説明書と模型のようなプラスチックの破片が落ちていましたよ。」

このプラスチックの破片、どういうわけか「広場公園」に同じものと思える破片が落ちていた。
捨てたのは同一人物?
さらに、遊具のある植栽の間に、さび付いた小刀まで落ちていた。
何に使われたのでしょうね?

イオンの隣の公園では、ビクターのDVDデッキが奥の角に転がっていた。
そして相変わらずお菓子のゴミがあちこちに落ちていて、何と、バターが四角いままコロッと転がっている。
寒いこともあってまだ塊りで硬い状態、夏だったら解けてわからなかったでしょうね。

ここは、土日の集会場になっていたかのような有様だった。
芝生広場には、バイクのタイヤの跡が残っていて、雨が降った跡だったからだろう、暴走バイクが走り回っていたというが、この跡と関係あるのかもしれない。

そして、あずまやには火を燃やした跡の黒いススと、菓子袋が風に飛ばされてあちこちに・・・車止めの黒黄のポールがバリバリに壊されて散っていた。

公園事務所に、不法投棄と、あずまやの火の跡と、片付けきれなかったゴミの処理をお願いした。
このバイクの無法者たちは、何をしていたのか?
この広場を見下ろすように建っているマンションの住民は気づかなかったのだろうか?

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中学校の落書は続く

20090124150041 お昼の2時過ぎに「また中学校が落書とガラスを割られた模様」という連絡が入り、学校の様子を見に行った。
 
駐車場側から入ると、みぞれまじりの小雨が降る寒い中、サッカー部の練習試合が行われていた。
泥でぐちゃぐちゃになったグラウンドで、選手たちは泥まみれ、部員の多くは部室の前にいたが、この部室の辺りからもペンキの臭いがしてくる。
よく見ると、落書を消した痕があり、雨に濡れないように壁際にいた子たちのグラウンドコートや体操服に付いてしまったようで、
「うわぁ~付いちゃったよ~!落ちるか、これ~!!」

朝の部活に来ている子たちの多くが、またこの落書の光景を目にし、片づけを手伝い、やるせない気持ちで家に帰ったことだろう。

すでに朝から連絡を受けた保護者会の本部の5人も協力してくれたとかで、一見すると、きれいに消されて「落書がいっぱいされていた」とは解らないくらいにはなっている。

それでも、何度も消された校舎を見たことのある人は、今度は薄いグレーのペンキで消した様子が人目でわかる。

通用門の壁、昇降口の周りの校舎、部室の建物は消されていたが、痛々しい傷跡のよいうに、隙間から赤や緑のスプレーの色が浮き出て見えた。

工事車両のトラック、すぐそばにある遊歩道のトンネル内にはまだ落書が残っていた。
先生方もそこまでは、気が回らなかったらしい。

教頭先生の話では、「アンパンマンの絵が描いてあったそうで、窓ガラスはプレハブ校舎で11枚の被害があったということだった。

隣のA中も同じように落書やガラスを割られる被害が、ここのところよくあるようで、A中の保護者の方の話では、
「毎日のように2・3枚のガラスが割られているのよ。」
先週も立て続けに、ガラスと落書の被害があって、目撃者もなし、防犯カメラの届かない場所での犯行だったようだ。

こちらの学校も、放課後や夜、近隣や繁華街のパトロールを先生方が行うようになり、今度は泊まりの見張りも検討中とのこと。

夜から朝方の犯行では、私たちの対処にも限界がある。
3年生は受験の真っ最中、卒業式までの日々をどう地域が共に見守っていくかを考えさせられている。

ここのところ、近隣を暴走バイクが数台走っているという話も聞き、昨日もバイク音を響かせていたようだ。。
卒業生やこの暴走バイクの連中も絡んでいるのか気になるところだ。

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報告書の提出

昨日、今日は中学校で、点検報告書をまとめる作業に追われていた。

夏と冬の長期休み前に行った点検パトロールなどから、中学校区にある危険箇所やたまり場、ゲームセーターなどの問題や注意の必要な箇所を市の教育委員会に提出するための報告書だ。

ゼンリンの地図の片面B4サイズをA4サイズに縮小して、問題箇所に通し番号をつけ、規定の報告書には、住宅地図として、ページ数に位置のアルファベットと数字を組み合わせたもの+状況+対処または対応を書き込んでいく作業となる。

各小学校の保護者会から育成委員会に所属している部員が、『自分の受け持つ小学校区内での状況と対応してきたことを書く』というもので、私も保護者会に所属していた頃、独りで奮闘していた。

初めて保護者会の本部役員になり、育成委員会に所属して、環境部部員に必然的になった部員が、それぞれの小学校の保護者会で取組んでいるパトロールや対処についてを書き込む、というのが通年のやりかただった。

1年目は、それでもそれが、この報告書の書き方だと思って提出し、そのまま教育委員会に出され、どう処理されたわからないまま任期の終了を迎えて、また次の担当者が同じことを繰り返していた。

小学校の部員が、自分の校区のことだけを他人事のように書き連ねているだけのところある。
それは年々幼稚な文章にもなってきており、このまま出すことはできない、かといって書き直してもらうにも気分を損ねかねない。

例えば、(状況:車が飛ばしてくる)→(対処:セーフティーが見てくれてます。)
???coldsweats02かなり、厳しい状況です・・・これはsad

通算7年目、3年前に部長を務めるようになり、この状況を改善しなければ・・・。

まずは、知ること。
そして見本をもう一度作り変えなければ・・・

市の教育委員会は、何を必要として、どういう処理をし、私たちに何を求めているのか?

元教頭で教育委員会に入られた先生に、会議でご一緒したおりに尋ねてみると、
「いやー、とにかく市の育成委員会から送られてくる報告書は、本当に大変な量になるんですよ。中でも、ここまでは・・と思うような内容のものもあって、実際、本当に必要なことをいくつかに絞って出してもらったほうが、こちらとしても大変助かります。」

「調査の必要なものは、内容によって市や警察とも連絡するし、信号機設置に関しては、保護者会・学校・自治会からも要望が出ているかを聞くんですよ。一箇所からだけでは難しい、より多くの・(声)・ですね。」

この話はオフレコで聞いたのですが、これを踏まえて部会で各小学校・地域、中学校の様子をそれぞれの立場で共通の問題点として認識をすることを行い、時間はかかったが、これがまず第一歩の地域のことをよく知り、地域の問題点について保護者会で報告してもらうという活動になったと思う。

そういったものとは程遠い人様の作った報告書を前に、助っ人を呼んでの書き直しの奮闘を二日・6時間にわたって行った。
これを次の担当者に直接、環境部の仕事と役割という形で説明することにした。

「報告書の書き方」や「地域の問題点の把握」、「こども110番の家の地区整理」と自分の今やっていることは、かなり雑用で時間のかかることばかりではある。

おまけに、協力者はいても、理解者をして作業をしてくれる人は少ない、が少なくても、私を理解して付き合ってくれる人がいることは幸せなことですね。

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ボーリング大会と中1の子の根性焼き

2ヶ月も前から計画していたボーリング大会の日がやってきた。

小学校の元6年1組の母たちが、中学に入ってからも子どもたちとつながろうとして作った2回目の親子ボーリング大会で、参加したのは、おとな8人、小学生6人、そして中学1年生15人(27人中)が、7チームになって熱い戦いを行った。

中学生ともなると、土日といえども部活中心の生活で、全く調整がつかなくなってしまった。
そこで、市教研の日の小中学校の部活なし・一斉下校を狙って、午後3時半集合・スタートという平日に設定したわけだ。

ボーリング場の半分のレーンを占領する大人数だが、中1の親子が仲良く遊んでいる姿は、私たちだけのようだ。

両端に追いやられた中1の別グループが2つ、高校生のグループ2つが他にいた。

別グループの中1は、見覚えのある顔?だと思ったら、次男と同じクラスの子や幼稚園が一緒だった子たちだった。

その中に、普段タバコを吸っていると噂のあるK君がいた。
次男が言うには、「あいつは不良だけど、いい奴だし、おもしろい奴だよ。」

そのK君のボールを持った手の甲には、丸い火傷の痕10数ヶ所はあっただろうか・・根性焼きといわれているを見つけた。

中学生のこの隣のグループは、とにかく落ち着きがない。

アイスクリームを片手にボールを投げたり、次から次にボールを持ってくるので、ボールが詰まって出てこない、とりあえず山積みにして待っていた。
彼らは、10レーン向こうに離れたグループのところに行ったまま帰ってこないのだ。

戻ってきた彼らに、使わないボールは片付けるように促すと、素直に従う・・・が、また同じことをやってしまう。

中1の彼らにマナーを教えるのは、近くにいるおとなの責任ではあるけれど、子どもだけでこういった場所に出入りするのも考えようだ。

中学生の子ども料金2ゲームで800円・・・フツーなのかしら?
うちの子のお小遣い1500円の半分は飛んでしまう!

同じことは、ファーストフードの店やマクドナルドなど、早くから子どもだけで出入りする店が多いことや、それを許す親が多くなったことに首をかしげてしまうのは、私が古いのかしら・・・ね。

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プロフの書き込みから自殺した女子生徒

ネットいじめ後に中3自殺、遺書に同級生の名 さいたま(2009年1月19日)アサヒコム

さいたま市の中3の女子生徒の自殺のニュースが流れた。

・女子生徒は3年生の6月下旬、この学校に転校

・7月上旬、携帯電話の「プロフ」への中傷する書き込みを両親に訴える。

・両親は訴えを聞いた翌日、中学に連絡、同級生ふたりがこれを認め、数日後に担任らと共に自宅を訪れて謝罪させる

一時学校にほとんど行けなくなったが、夏休み後の9月から登校

・その後も「あのクラスいやだ」「最近眠れない」とこぼしていた。

・10月10日、自殺

・当初は、父親は塾での成績が良くないことを指摘していたことから、自責の念。自殺を伏せる。

・2週間後、遺書でいじめの1人を名指しし、「もうつかれました。なのでここで逃げます。さよなら」

・両親は一転して、自殺であったことを経緯と調査を求める

・校長は、自殺といじめが無関係と判断、「2学期の体育祭と勉強も頑張っていた。」

・両親は、納得がいかない

・・・・・・・こういった流れが紹介されている。

いじめによる自殺をした場合、どうしていつも同じパターンの展開で、自殺した生徒や親が非難を受ける立場に立たされていくのか?

両親は、死を選んだ子どもへの自責の思いにさいなまされていることかと慮る。

中学転校という状況で、いじめを行った少女たちは、彼女に声をかけ、迎え入れ、メールの交換をしたのだろう。

一生懸命話を合わせて、自分の新しい学校・教室での身の置き所を探すだけでも精一杯だったのではないだろうか?

そういった彼女の孤独な一面につけ入って、「来るな!」という毒を吐いた少女たちだったのだろうか?

中学生の転校というと、長男の時代のいじめから転校していった多くの同級生たちを思い浮かべてしまう。
「勉強どころではない」自分の身の置き場所がないのだ。

仲直りの握手でもさせたというのだろうか?
自殺した生徒の体験手記から見えるのは、「ちくったな!」の後に続く、クラスでの「無視」という針のむしろだった。

いくつか目にした不登校の問題解決のひとつに、こういった「まやかし」の儀式があり、解決を急ぐ「おとなの自己満足」があった。

握手や仲直りの後にあるのは、親や先生たちに言ってもムダだった、というあきらめと、次にくる無視と、孤独からくる「うつ状態」だ。

それは、勉強、体育祭、交わろうと、心配かけさせまいと頑張り過ぎるところから、それはやってくる。

自殺を選んだ女子生徒は、いくつものハードルを一気に飛び越える手段として、死を選んだ。
子どもなどは、感情の高まりから確実に死ねる死に方を選び実行することが多いという。

何もなかったかのように「頑張っていた」女子生徒の姿は、誰の目にも、それを乗り越えた当たり前の光景に見えていたのでしょうか?

いじめ問題での対応に肝心なのは、問題解決の場を急ぎ過ぎないこと。

ゆったりと話を聴いてくれる場所が学校や家庭にあること。

そこで「自分」の存在が孤独でないこと。

居心地のいい安心の場所があるということ・・・ではないだろうか。

言葉のないメールの世界に始まった孤独です・・・苦しさは、声にして出していかなければ息が詰まってしまうのです。

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たむろする少年たちの通報

自分が「たむろ」している少年たちに出会ったとき、どういう行動をしたらいいのか?ということについて悩んでしまった。

少々目立つ格好をしている「いわゆる非行少年」に見える少年たちの地域で「たむろ」している時の扱いについてだ。
「たむろ(屯=集団でいるさま、仲間、という意味)」というと、聞こえがわるいかも知れないが、あまり印象のいいものでもない。

ここのところ、夕方近くになると中学生くらいの7・8人の生徒がベンチの周りに座り込んでいて、その雰囲気から(かかわりたくないな・・・)という気持ちで通り過ぎるおとなや避けて通る中学生や小学生もいる、という話が話題に上った。

「中学校のそばに「たむろ」している子たちがいて、補導センターの先生に来てもらったことがある。
タバコを吸っていたわけではなかったけど、からかわれたり、何かあっても困るし・・・」

という気持ちがあってのことだ。

実際、以前に1年生の生徒をからっているところに出くわしたこともあるし、立ち入り禁止のテープをいたずらしたあとのような後を見たことがあったが、見ている事実の注意しかできないの現状です。
 
「(明らかに悪さをしている子たちであっても)タバコを吸っているわけでもなく、そこにいて話をしているだけなら、そこにいてくれたほうがいいんじゃないかしら。
かえってあちこちに移動されても困るし・・・」
あちこちに、というのはショッピングセンターやゲームセンターに行かれても困る。(という意味)
 
確かに、偏見を持っているわけでもないし、かといって、楽しく話をしているだけの少年たちをどこかに追いやるというものでもない。
 
私は、中学校のそばや駅前に「たむろ」している少年たちについては、その時に感じた印象で警察、補導センター、中学、声かけ、無視のいずれかで対応するようにしている。
 
数年前に、高校生になったある少年の親に、
「駅前にたむろしている子たちに困っているの。中学時代の同級生が駅前で待っていて、うちの子を誘ってくるの。高校で切れると思っていたのに。私が駅まで送り迎えすることもあるわ。」
という話を聞いたことがあったので、誘われて仕方なくついていく子もいるんじゃないかしら・・・という思いもある。

それ以来、駅前でたむろしている「不良少年風の子たち」の様子から、(電話したほうがいいかな?)と感じた場合は、駅前交番に「巡回要請」の電話を入れるようにしている。
もちろん、未成年がタバコを吸っているようなら警察の方も「巡回・指導」は、しやすい。

青少年補導センターに電話を入れるときは、もう少しトーンダウンしたときで、明らかに、中学生のグループであったりしたとき、学校と近い存在の先生方は威圧感がないので、生徒を導くための指導をして、学校と協力体制がとれるという思いがある。

本人たちが望むなら、学校をさぼっていた「ツケ」でもある勉強の補修も、やってもらえるとようになったところもある。

「無視」する場合は、何でもないと判断したときだ。

「電話」を入れようと思ったり、「声かけ」をしようと思ったとき、悩んでしまう場合はやらない。
でも、後悔して(やっておけばよかった!)(こういう声かけをしたほうがよかったかな?)と思うようなことは、よくあるので、悩んだ場合の声かけは、気持ちが追いついていけず心がしっかりしていないという場合なんだろうな。
 
幸い、先輩の声を上手くかけられる人たちについて歩くこともあるので、試行錯誤・失敗にも持ちこたえながら、「地域のおせっかいなおばさん」になる人がいてもいいかな、と思いつつ悩みながら、自分を成長させている次第です。

自分のために、大いに悩みましょう!(開き直りでもないです・・・)
 

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6つの公園清掃

年末から、腰を痛めていたために、当初、週2回は行っていた公園清掃も自転車でパトロールをしてから週1回や下手すると10日も開くようになってしまう、今日この頃。

20090115141151 今日は意を決して6つの公園を回ってみた。

児童公園では、放置自転車が乗り捨てられて、ベンチ前に転がっていた。

20090115143044 芝生公園では、この季節に花火を大量に発見!!それも、トイレの横に。
後ろの空き地には、枯れ草が広がっているだけに、風の強い今の季節は危険です。
正反対にあるあずまやに、捨てられた大きなビニール袋、その中に花火の空袋が・・・ここからトイレに移動したの?

次に一昨年までたまり場になっていた公園は、植栽を移動したこと、ボス格の少年たちが今は学校にいないこともあり、穏やかになった。
あの頃の公園は、テーブルが焼けたり、ゴミで汚されたりということがひんぱんにあって、そこに中学生がたまっていたので気が気ではなかった。

20090115151500 さて、次は問題の多い人目の少ない公園に。
公園のそばに「ショッピングセンター」が出来、まわりは現在「新設中学校の造成」と「住宅街」の造成工事の真っ盛り・・・ところが、それだけに、まわりには何もなく寂しい場所となっている。
 
20090115153456 さっそく、タイヤがなく、チューブを放り出された自転車が捨てられていた。
日曜(11日)に、買い物ついでに公園を見たが、そのときはなかった。

おにぎりの外包みに、シャープペンの袋、割れて粉々になった「ジン」の酒ビン、ジュースにラムネのガラス瓶、お菓子のゴミ、タバコの吸殻が大量にあった。

カラースプレーの赤いキャップがふたつ・・・と思ったら、案の定、木に赤いスプレーが吹き付けられていました。さりげなく拾ったシャープペンの芯の袋・・・7つも8つも見つかると万引きを疑うところ。

こういった状態を毎日見て回っているわけでもないので、日付の目安の判断をする時の「わざ」が、捨てられている「レシート」の日付と「おにぎり」などの食品についている賞味期限や製造日の日付を見る。

今日はレシートはなく、おにぎりの消味期限で見ると【1月12日3:00AM】とあった。
確信はないが、少なくても日曜日の夜以降に、自転車やゴミが散乱していた可能性が高いという判断をする。

公園管理事務所に「放置自転車」の処理をと「スプレーのかけられた樹木」があったこと、「割れたガラス」とゴミを片付けたことを連絡して帰ろうとすると、

お子さんと凧揚げをして見えたお母さんに
「もうお帰りですか?ご苦労様です。」と声をかけられた。
「いえいえ、これから割れて散ったガラスをかたづけるんですよ。」

「すぐ隣の市ですが、ここによくきますが、ここの公園はいつもきれいになっていますね。よくこうやってお掃除されるんですか?」
「ええ、腰を痛めているので週に1回くらい、ここはたまり場なんですよ。」
「お疲れ様です。」

ちょっと複雑ですが、嬉しい気分です。
帰り道で、おまわりさんが、自転車を処理しに来ていた。
もう夕方の4時になってしまった。
ちょっと、頑張りすぎたかな・・・ 

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リストラ、派遣切り?兼続を見よ!

(不手際があったので修正してあります。)
先日、夜中の2時のNHKのドキュメントで、直江兼続が挫折と失敗をしても、なお仁愛に満ちた智将であったという番組の再放送があり、ついつい見てしまった。

景気悪化・リストラ・派遣切りの嵐が吹き荒れる今。
この大河ドラマの中でも、家臣6千人を切り捨てるか、否か・・という選択を迫られる時がくる。

派遣労働者を安易に切り捨てる使い方は、経営者の感覚と制度そのものが人という扱いではなく、使い捨て時代人が使い捨てのモノという感覚であるという思いを持ってしまう。

織田信長亡き後、天下を取った豊臣秀吉に「政治を任せられる数少ない中のひとり」として、兼続はほれ込まれ、上杉家は越後から会津120万石の有力大名に加増移封され、兼続も6万石の所領を与えられるのだが・・・。

直江兼続が絶対絶命のピンチに陥った失敗があった。

秀吉亡き後、石田三成と懇意のあった兼続は、家康に世にいう直江状を送り、関ヶ原の戦いのきっかけをつくった。
先に家康に攻め入った三成は、戦に敗れ、それを知り逃げ帰った兼続だったが、家康は潔く過ちを認めた兼続を許し、上杉家はお家断絶することなく、米沢30万石に減封されるに留まった。

上杉家の領地120万石が4分の1になったことで、家臣が6千人も余ってしまうのだ。
今の世に限らず、戦国時代の世も家臣たちはリストラの憂き目に遭うといったところだろうか?

「士気を失う方がはるかに損失が大きい」と判断した兼続は、リストラを一人も出さずにすむ方策をとった。
家臣は3分の1の棒録に減給したが、兼続は自分に与えられていた6万石を12分の1の5千石という大幅なカットをすることで、自らの姿勢を示した
(耳が痛いところも多いことだろう・・・)

次ぐに、領地を移動するにあたって家臣と家族などの住まいや城下町としての機能を整えていかなければならない。

初めに取りかかったのが治水事業で、川の氾濫から町を守る堤防と生活水を引く。
次に、殖産産業で織物の原料(草の名は?)と、べに花作り、鉱山開発に力を注いだ。
下級家臣の住まいを城下町の入口に配置し、半士半農の生活でコメの生産と、城下町の防衛に当たらせるなど、一大事業を行った。

これによって、30万石だった石高は51万石以上にまで増やしていくことに成功した。

こうやって得た財政の黒字は、来る戦いの備えとして、鉄砲4千丁の製造を密かに行う資金に充てる。
温泉宿の位置をずらして裏山に製造工場と訓練場を作るなどしたが、これが大阪の陣での功績につながったということだ。

家臣たちの生活の基盤を支え、整えていく、これらの過程に家臣や領民たちが一致団結していく様は、今の世に当てはまらないのだろうか?

2兆円の行方が気にかかるが、今の生活に必要なことは、働く場を失った若者や収入の安定がないために結婚しない・できない30代・40代の人たちの生活の基盤を整えていくことではないのか?

生活に不安を持ち、「未来のない明日、明日は我が身」と考えると、いただいたお金は使えない。

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ゲームコーナーの事故と不正行為

パトロールで店舗回りをしたおりには、小中学生の立ち寄りそうな店舗で、最近の店内での子どもたちの様子や気になること、情報の提供をお願いしたりする。

その中でもゲームコーナーは、子どもだけで入場できるのは午後6時まで、という制限がある。

そこで昨年、奈良で起きた事故のその後と、子どもの不正行為の問題について聞いた。

昨年の12月21日、奈良県のスーパーにあるゲームコーナーのゲーム機で、男児(2)がゲーム機のコイン返却口に指を入れて指を切断するという事故が起きた。

Pn2008122101000555___ci0002ゲームは中国製で、返却口は縦・横ともに3センチ、奥行き7センチという細いところに、返却したメダルが落ちるようになっている。
指で押すと中にあるフタが開くようになっていて、男児は、このフタの部分を押して入れてしまった指を無理に引き抜いたために、、中の口の金属部分に引っかかって、それを無理に引き抜いたために切断したことになる。

事故後、金属部分はプラスティックに改善され、たとえ無理に引き抜いてもプラスティックが折れるだけにとどまり、同種のゲーム機がすでに店頭に並んでいた。(写真は徳島新聞Webより)

不正行為をしたのは、4・5年生の男子児童ふたりで、親にも来てもらい注意をしたというが、こういった行為は各店舗のコーナーで起きているのだという。

男子児童らは、UFOキャッチャーのミニ版で「ちびぽけっと」という小さな機種を傾けて商品獲得の口に落として不正に商品を取ろうとしていた。
他にも、ストローを差し込んで商品に引っ掛けて落としたり、メダルゲーム機も同様の手口でメダルを引き寄せたりする行為は、どこの店舗でも困っているというのだ。

そういった行為を防ぐのは、係りの人だけでなく、周囲のおとなの「やめなさい」の一言だったりする。

店舗の依頼で学校行事の平日で早帰りの日などが解れば従業員を増やすなどの対策ができるというので、お知らせすることにした。
まずは、市教研の日など、部活のない日が要注意というところだろう。

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父子家庭と母子家庭の犯罪調査から

父子家庭の少年による刺殺事件にもあるように、近頃、私の周辺で離婚や病死による単身親家庭が増えてきた。
女性の社会進出と共に、父親が子どもを引き取る家庭も珍しくはなく、年々増えている。

少年犯罪の統計における父子家庭と母子家庭の比率を調べてみた。

手元にある資料は、国立保健医療科学院研究情報センターの特集:青少年暴力の原因究明と対策(平成12年~15年の国税調査と警察庁から算出:対象少年年令14歳から19歳)を参考にした。(※年令別の統計を総数で見た場合の数字を記事にした)

それによると、
平成12年犯罪少年総数
 132336[父子家庭:7254][母子家庭:22482]
                  [父母家庭:102600]       
平成13年犯罪少年総数
 138654[父子家庭:7714][母子家庭:24292]
                  [父母家庭:106648]
平成14年犯罪少年総数
 141775[父子家庭:8111][母子家庭:26449]
                  [父母家庭:107215]
平成15年犯罪少年総数
 144404[父子家庭:8509][母子家庭:28645]
                  [父母家庭:107250]

犯罪少年総数から見ると母子家庭の少年犯罪が父子家庭より多いように見えるが、
平成12年父子家庭と母子家庭の総数から発生した犯罪データでは、

 父子家庭総数  71921:犯罪少年父子家庭数 7254(10.1%)
 母子家庭総数 390653:犯罪少年母子家庭数22482 (5.8%)

平成12年、全国の14歳で見た場合、
 全数1377842:  父子家庭総数11056(0.8%)
           :  母子家庭総数70147(5.1%)
           :父母家庭総数1296639(94.1%)
犯罪少年24666:  うち父子家庭  1421(5.8%)
           :   うち母子家庭 5027(20.4%)
           :  うち父母家庭 18218(73.8%)

犯罪発生率は、父子家庭からは12.9%母子家庭からは7.2%、父母家庭からは1.4%の確率で出ることになり、父子家庭の子どもの犯罪発生率が高くなることがわかった。

犯罪少年になりうる家庭の多くは、放任家庭であるという結果も20%以上の家庭で共通しており、こういった状態を食い止めるには、親以外で、例えば地域や近隣の大人が上手くサポートしていく体制が必要だと思う。

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父子家庭の引きこもりの少年

1月8日、千葉県市川市で通信制高校1年の少年(17)が父親を刺し死亡させたとして逮捕された。
 「ひきこもりを打開したかった」
少年のインターネット上の書き込み
 「愛する父親を殺そうと思っています」

また10日には、埼玉県狭山市の私立高校定時制1年の少年(17)が父親を刺したが命に別条はなかった。
殺人未遂容疑で緊急逮捕となった。
 「父が自分の面倒をみることが大変だと思い刺した」
 「いじめを受け、父親に心配をかけていることに負い目を感じていたという」

少年はこの家の次男で、母親が小学校入学前に病死し、以後、父親が大学生の長男と次男を育てていた。
次男は中学時代、陸上部に所属し、成績優秀だったが、第1志望の高校受験に失敗し、県内の私立高校に入学したが馴染めず、家に引きこもりがちになったという。
父親は「(次男が)自殺してしまうのではないか」と心配し、次男の体調が悪いときは、会社を休んで面倒をみていたという。

YOMIURI ONLINE記事より
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090111-00000009-yom-soci

この2件の事件で気になるのは、
共に父子家庭であることと、市川の「通信高校」と狭山の「私立定時制高校」だ。

市川の場合、通信高校を選択した理由が予想でしかないが、中学で不登校や交遊関係で問題があった場合や進学した高校になじめずに通信に転入するケースが多いように思う。

狭山の場合も、母親を失くしたあと、もしかすると「かわいそうな子」として周囲の人が包み込みすぎて、失敗や挫折を味わうような経験がなく優等生として育ち、受験失敗とい衝撃が大きかったのではないかと思ってしまった。
立ち直れずに受験時期を終え、定時制高校に進学したのではないかと。

引きこもるという、この事件で思うのは、
少年たちは人の優しさに答えようとし、父親は母親の役割までも埋めようとする。
慣れない料理に洗濯、仕事と家事を両立させるのは女性でも大変な役割で、これまでの強い父親のイメージが弱いものになってしまう。

それに追い討ちをかけるのが、不登校や引きこもりといった子どもの問題だ。
子どもの問題ではあるが、親は子どもの問題までを引き受けようとする。
母親がいれば母親がそれを引き受けて、父親は大黒柱としての支えだけで負担は少ない。

ところが、共に父子家庭である以上、父親は子どもの問題と子どもの先行きを考えるべく収入の確保しなければならない。
両方の問題を引き受ける父親の負担や疲れはピークとなっていたのではないだろうか?

極端に突き離すと、子どもは子ども自身の問題で悩んでいる時期なのだ。
サナギが殻に閉じこもっているのは、その安全な空間の中で自分の成長を確かめて時期を待っているに過ぎず、出てくるのも内側にいる自分の力だけが全てなのだ。
(注釈)引きこもる期間も関係してくると思いますが・・・)

親は、温かな見守りと家庭の空気、そして自分自身が気遣われることのないような心と体の健康を保つこと。
優しい子どもであるから、弱った自分と、そのために弱る優しい親を見ていられないのだ。
優しさと愛情の狭間で期待に答えられない子どもが選ぶ悲しい結末なのかもしれない。

市川の場合、外部(父親)の重圧(早く出ろ)で、その殻の中での成長が無理と判断したのかな、と思った。

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空を見上げると・・・

姪っ子に成人のお祝いを贈っていなかったことに気づき、2時に慌てて家を出る。
すると、中学校の近くに派手なジャンパー姿に、ニッカパンツというスタイルの目立つ少年たちが集会所の階段を駆け上がっていくところを見た。

ボス格のひとりは茶髪、ふたりは黒髪・・・どう見ても中学生くらいの少年たちだ。

今日の3年生は願書の出願日で、帰りが今頃というところから・・・
『誰かを待っているなflair
自転車で通り過ぎたけど、確かに中学生の顔ということもあって、補導センターに、少年たちの見た感じのイデタチと印象、在校生との絡みがあった場合の不安を連絡した。
タバコを吸っているわけでもなかったので、一番出動しにくい状態かもしれない。

しかし、こちらはひとり・・・下手に声かけもしにくい状況だ。
(巡回できそうならお願いしたい。)(何かあるかもしれない。)という気持ちが働いたのだろう。

用事を済ませて2時半に中学校のそばまで来ると、茶髪の少年たちと話している教頭先生とこちらに向かって来る補導センターの先生たち・・・「ありがとうございます。」のあいさつだけして帰った。

Cocolog_oekaki_2009_01_09_02_05 3時半から行われる補導パトロールに参加するため帰りを急ぐ私の目に、公園でボールを木の枝に放り投げている子どもたちを見つけた。

「木の枝が折れちゃうよ。どうしたの?」
「バトミントンの羽があそこに引っかかったの。」

見上げると3メートルはある木の枝の部分に、羽が引っかかっていた。
小学2年生くらいの子どもたちは、ボールや石を使って、放り投げて落とそうとしているけれど、折れた枝がパラパラ落ちてきて危ないし、木もかわいそうだ。

「長~いものがあったら取れるよ。」
「あっ、そうかsign01いいものがあったflair

目の前にある家の子だ。
すぐさま、釣竿のような竹の棒を持ってきてくれて、なんなく羽は手元に戻った。
折れた幹を片付けながら、「いいもの見つけてきたね。ボールや石を投げると木もかわいそうだよね。」
「ありがとうございました。」と3人はきちんとお礼も忘れなかった。

このあと、もう1件グローブを木の枝に放り投げている低学年の子たちに会った。
それも子の子たちのボールの他に、もうひとつボールとホウキまでもが・・・木の枝に絡んでいた。
冬の木の枝を張った部分には要注意sign03ということでしょう。

さて、今度は補導パトロール中に、茶髪の3人とまたしても出合った。
補導の先生の話だと、隣の中学生ふたりとO中の学校をサボった子だというが、さらに男子ひとりと我が中学の女子がふたりも増え、6人で腕を組みながら歩いてきた。

「もう、家に帰んだよ。pout

特に、何してるというでもなかったけれど、とにかく目立つ存在である。
1人は確実に学校をサボって来ていた、これだけの理由でしか注意はできない。

見た・聞いた・行動した事実についての声かけは、否定のしようがないが、思い込みや決め付けで声をかけると、声かけは失敗する。

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マラソンパパとダイエット(中)ママ

単身赴任をしている夫が、世間から少々ずれたお正月休みで帰宅した。

帰ってくるなり、今度茨城で開催される勝田フルマラソン(1月25日11時から)の調整に、昨日は30キロ、今日も10キロのランニングに精を出す。

今年は、東京マラソンの抽選にはずれたとかで、ここ数年のマラソン熱は本物のようだ。

Katutaimo 勝田マラソン名物の参加賞「完走いも」(干しいも)をいただくのが、今年も楽しみのひとつのようだ。

係りの方や給水所のボランティアの高校生?が気持ちよい応対をしてくれたり、沿道で声援してくれる地元のおばさんが干しいもバナナなどを差し出してくれたりするのがたまらなくいいらしい。
(家族の応援がないないだけに・・・)

メタボ体型の体質改造で始めたウォーキングから3年、11キロの減量と趣味にまでなったマラソンで10数年後の定年も謳歌してもらえそうだ。
タバコも禁煙4ヶ月を過ぎ順調そのもの。

となると・・・いまだダイエット初期モードの私にも、何かとうるさいのがたまにきず・・・happy02

今日の情報番組のダイエットコーナーから、北島選手を始めとするオリンピック選手の栄養管理士の方のおすすめは、

朝食と昼食はしっかり摂って、夕食は控えめに。
朝食か昼食の一品やおやつとして、低カロリー低脂肪のヨーグルトにドライフルーツやビタミン豊富な果物を添えて食べると良質のたんぱく質を摂取し、ダイエットにいいとか。
果皮まで摂れて、凝縮した食物繊維とミネラルなどの栄養源としての成分も高いから、朝の元気の源になるそうです。

そのままカットして入れ食べてもいいけれど、1センチ角に切って夜に漬け込んでおいても美味しいからおすすめです。

ドライフルーツのアンズなら3粒、干し柿なら1/2個など、分量も目安控えめに。

ドライフルーツサイト
http://www.ishikawa-net.co.jp/dry.html

アスリートの私のおすすめメニュー北島選手http://www.jiss.naash.go.jp/column/recepe_50_kitajima.html

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イメージできない自然

『自由って言われる宿題が一番困る』・・・といって、我が家の次男が白紙のプリントを埋めるのに苦労している横で、社会人の姉が『そうそう、わかるわかる。困るよね、ある程度絞ってくれたほうが親切よね。』と相づちを打つ。

どんな宿題か、と見れば・・・社会で、「自分の住んでる都市のことを調べてプリントの地図を埋める」というもの。

(な~んだ)と思うが、次男にとっては、大晦日から正月の三が日までの5日間以外は部活と塾で朝から夜10時近くまで拘束され、空いている時間のほんの1時間半の間にゲームをしているうちに「寝ないから・・」といいながら、いつの間にか横になって寝ている。

そういう生活の中で得た5日間、やはりゲームと貯めておいた「お笑い番組」を見て思い切り笑い転げるという時間を使い、それでも大晦日には1時間以上かけてお風呂場を雑巾で磨き上げてくれたりもしたので、感謝こそしても、文句やグチは思い留めていた。

何世代もこの土地で暮らしているとか、愛着があるというわけでもなく、今ある・・・どちらかというと作られた自然の緑と環境が気に入って移り住んだようなものだった。

自分の実家のある三重県の地方の町も、しばらく帰っていない間にマンションが立ち並び、小さなブナの森も、秘密基地を作った竹林も、れんげ畑も住宅地や道路に変わっている。
当時の川は、すでに汚水が流れてきており、きれいというものではなかった。

子どもの宿題から飛躍しすぎたけれど、「イメージできない」という声が聞こえてくるのは、「自由な調べ学習」に留まらず、「地球温暖化問題で絶滅する生き物や自然にたいする思い」も同じのようだ。

朝日新聞1月4日の生活面の記事に、『温暖化と言われても』というのがあった。

今の子どもたちは、環境問題について、学校の授業や新聞・ニュースなどを通じて学んだり、パソコンのネット情報からレポートを作るなどして、未来への危機感もある程度知識として知っている。

ところが、緑や生き物との自然の中での接点が少ない中で育つと、自然を守る」という「イメージができない」という。
きれいな川を作るため、残すための工夫も、きれいな川で遊んだことのない子どもに、どうイメージを持たせるのか?という体験から感じさせる努力が必要だということだ。

テレビ・自動車・24H営業の店・クーラー・・・都会に生きる子どもたちには、身の回りにある「便利なもの」を我慢する努力から「地球温暖化」を食い止めるおとなの本気度を見ているんだろうが、「本気に感じられない」といったところがあるようだ。

「ゴミを拾う」その行為ひとつとっても、人の目を意識をする子ども社会もあるようで、問題は「おとなもできるの?しているの?」という本気度と姿勢も見られているのだろう。

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「天地人」より

昨年、毎週楽しみにしていたNHK大河ドラマ「篤姫」が終わり、いよいよ妻夫木聡主演の「天地人」が始まった。
こちらの舞台は戦国時代、自分が正しいと思ったことを貫き「仁愛」に満ちた武将「直江兼続」の物語となる。

樋口与六(後の直江兼続)は、5歳にして6歳年上の主君・長尾景勝(のちの上杉景勝)の家臣となる。
愛情いっぱいに育てられた5歳の子どもが、突然、望まれて家臣として差し出されることになり、「自分は親に捨てられたのか?」という悲しみに当初あふれることになるが、自分の幸せを考えての決断であると、やがて知ることとなる。

この兼続より6年遅れて生まれたのが伊達政宗で、政宗もまた4歳で母親から突き放された運命をたどる。
政宗の場合、天然痘にかかり右目を失い、同時に母親の愛情も弟に注がれ疎まれるというものである。

記憶は薄いがアフリカのある部族では、5歳までお乳を与え愛情いっぱいに育て上げるという。
死亡率の高さから、というよりも自分から乳離れをすることで、自立し家族を守る立派な男に育てるというものだったと思う。

断乳を早くから無理に考えている人も多いが、このアフリカのドキュメントを見て、考えさせられたことも多かった。

愛情豊かに育てられた幼少期の記憶というものは、自分で切り開いていく人生においても、いつまにか大きく左右されているときがある。
無償の愛を感じることのできた子どもほど、自分を大切にし、人を思いやる大切さを肌で感じることができるようになる。
情け深い心で人を思いやり、いつくしむ心を育てていく器の大きさが決まるかのようでもある。

そして、挫折もまた人を強くする。

この大河ドラマも来週が楽しみとなった。

勝つことだけが人生ではない!
負けることで見えてくるものがある。(天地人より)

(日本語訳/通釈のサイト→)天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず

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あいさつしない子が多い?

見知らぬ人すべて「不審者」扱い「これじゃ誰も子ども助けない」と教育評論家の尾木直樹さんの話(2009年1月2日:J-CASTニュース)

あいさつ運動に向かう朝、小学生たちとすれ違う。
家を出るときから腕章をしているせいか、元気に「おはようございます!」と挨拶をしてくれる子どもたちもいる。

しかし、あいさつをしない子の方が多い。
正確にいうと、こちらがあいさつをして返してくれる子はいるが、先に挨拶をしてくれる子は少ない。

不審者対策のひとつとして、①自分から先に②目を見て元気に「あいさつ」ができる子どもは狙いにくいという。
おとなに対して物怖じしない態度は利発そのもの、「何かよからぬことを企てている者にとっては避けたい相手」となるようだ。

小学校の防犯ボランティアの取り組みとして始まった登校する児童の見守りに立つ地域の叔父さんや保護者の仲には、「子どもに挨拶をしても返さない。どういう教育をしている!」というお叱りの声が寄せられたことがあった。

当時の校長は全校集会で、「ボランティアで安全を見守ってくださってる地域の方に、きちんと挨拶をしましょう。」という話をしたというが・・・それでも「できていない!」という高学年の児童が槍玉に挙げられて、少々行き過ぎの感じさえあった。

親を見て子どもは育つというのだから、できない子には「あいさつをされたときの気持ちよい体験」を地域や教室の先生方から教わればいいのだ。
ただそれだけのことなのに、どうしてイライラした朝の始まりをボランティアから受けるのか?これでは、ますます「あいさつって面倒」という気持ちを植えつけてしまいそうだ。

6日から始まる学校、中学では保護者会で募ったいくつかのポイントに保護者のボランティアが立つ。
斜め横断の多い(多かった)交差点にも、何人かの保護者が立ってくれることになるだろう。

今では、この交差点を自転車通学する高校生からも挨拶を交わしてもらえるようになり、清々しい朝の日課となっていたボランティアの再開である。

はにかむ子も、元気に返してくれる子も、「今日一日良い日でありますように」という気持ちを込めて「おはようございます!」の声をかけたいと思う。

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子どもが嫌う関わりとは?

ある先生の教師生活を通して得た5つのおとなの謝った関わり方というものがある。
できるだけそれを念頭において、子どもとの会話を心がけるようになった。

私たちおとなは、子どもを本当に信じているのだろうか?

不登校や引きこもり願望のある子どもを育てた・・・という子育てに失敗し、反省することも多かったが、それは私に気づきという時間や子どもと向き合う大切さ、それらを共に高めあう友人を見つけてくれた。

子育てに失敗したのではなく、子どもが嫌うか関わり方に気づかなかっただけなのだ。

1、押し付ける・・・宇宙でただ一個の自己の自由を束縛する。自分を封印し、人の夢を生きるという束縛は、あやつり人形と同じ。

「あなたは(こう)あるべきだ」(例:次のテストでは100点とるのよ。あなたは医者になって家を継ぐのよ。)

2、決め付ける・・・実際に見たこと、聞いたこと、気持ちの事実の確認がない。

「あなたはいつも(何を)こうだ」(例:あなたはいつも勉強しないでゲームばっかりやってる。)

3、皮肉を言う・・・思い通りにならないことで、嫌みを言って相手の自尊心を傷つける。皮肉は、文字通り体の表面の部分、つまり、うわべだけの評価にすぎない。

「あなたって子は、いつも(こうなのだ)」(例:あなたって子は、そんなだから万年補欠なのよ。)

4、疑う・・・事実の確認もしていない子どもを100%丸ごと信じていない。

5、感情的にものを言う・・・理性を失った言動。

どれも自分の思い通りにならない相手を、思い通りに動かそうとする行動のようだ。
人に動かされたくはないと思う人の方が多いのではないだろうか?
自分の行動の決定権は、自分にあり、他人にない

人に動かされているときに出る言葉の多くに、
「あなたのせいで、こうなったんだ!」とある。
最後の決定権は自分にある、という意識があってもいいところだが、「動かされている」という意識が強いのだと思う。 

ある日突然切れるいい子の起こした事件だけでなく、育った境遇や環境で周りのおとなからも自分自身の自己評価も低く見られている子の事件が多い。

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希望の星

Yun_3424  新年あけましておめでとうございます

  今年もよろしくお願いいたします
(写真:光芒の富士山)

昨年は日本のみならず世界中が暗い淵に落ちていくような事柄が多く、明るい話題を提供してくれたのはアスリートの皆さんだったのではないでしょうか。

希望や夢を失くした人の不幸な事故も多く聞くこととなった年末に、希望の光は必ず注がれるという思いを持って強く生きて欲しいと思う。

☆‥…希望の星‥…☆

失望と絶望、悲しみと苦しみに襲われて、

暗い闇の中、這いつくばって見えるのは微動だにしない大地。

顔を上げてみようよ。

普段気にもかけなかったのに、小さく灯る星が見える。

暗い闇の中にいる時だからこそ、見えた星なのかも知れないね。

宇宙でただひとつの星があなたに輝いたように、

次の日も、また小さな星を見つけて見て欲しい。

小さな星も、また暗い闇の中にいたから、

あなたの命の輝きに、小さな星も希望を見つけることでしょう。

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