カテゴリー「うつ」の8件の記事

不愉快な出来事と、私の役割は?

朝、いつものように交差点に立って、中学生の見守りを行っていた。

新1年生は、まだ部活をスタートさせていないため、交差点を利用する生徒は多い。

斜め横断や信号無視の多かった場所が、今のところちょっと一言いれれば聞き入れててもらえる状態ではある。
出来る限り、あいさつ運動を続けていけたら・・・と思っていたところで、こちらに黒い柴犬を連れてやってくる背の高い年配の方が私の前で立ち止まった。

「あんた、ここは毎日立っているの?」
「はい、大体は立つようにしています。」
「他に、交代とかしてるの?」
「いえ、一人です。」
「えらいね~」・・・と、ここまでは良かったのだが・・・
「最近中学はどう?」
「はい、そうですね、一部の子たちがいろいろご迷惑をかけていますけど・・・あの、どちらの方ですか?」

というように、あれこれ質問と、NPOで不良少年を更生させている○と知り合いだが、警察の少年補導員も市の補導員もなっとらん!駅前にあれだけはびこっていても、どうするわけでもなく・・・と、今の補導員の資質、市議会議員の納得いかんという話まで持ち出され、ここに立って10分間、子どもたちへのあいさつ運動どころではない。
大きな壁が私の目の前を覆い尽くしているのだから・・・

なんでも・・・カップめんを食べて汚している連中を「牛丼屋」に連れて行って、食べさせてから、自分にはちゃんと挨拶くらいはするようになった。誰もが底辺にいる子らを放っておいて、こういうことではいかん!!という。
「なかなか・・・たむろしている子らに声をかけることも難しいことですから・・・そうですか」
と聞いていた。

「補導員」はこうあるべきだ!という持論があるらしい。
その最たるものがNPOの●らしいのだが・・・

挙句に、お世話になることの多い市議の姿勢にまで話が及び、「あんた市議の○と仲イイのなら、きっちり私の質問状に回答を返すように忠告しておいてくれ」
とまで言われた。
さすがに、これには反発した。

「おっしゃってみえることを、私が市議に忠告することはしません。私がする必要はないことです。これはあなた様のことですから、ご自分でどうなっているのかと、本人にご質問くださるのがよろしいんじゃないでしょうか?」

案の定、怒った。それも冷静な表情で・・・
「あんたね。○を守りたいっていうの?正義感のない人だね!そんな人が補導員なんて受けちゃだめだ!」
そう怒って立ち去って行った。

今、補導員を受けている人の全てが正義感を背負って、不良少年たちに目を向けている人はどのくらいいるだろう?
補導員をひとたび受けたらどのくらいの意識を持ってかからなければいけないのだろうか?家庭も仕事もあって、さらに役職と一緒に背負うものも両手にいっぱい増えてくる。

それを無報酬で、無償の愛情と正義を全力で「やれ!」というのだ。

自分の今の力量も不十分ではある。
でも、体験とかかわりから一人の人の成長や気づきが生まれてくる。

荷の重いものを背負った、という気持ちになって帰宅する途中、最近一線を退いた女性とばったり出会った。彼女も、保護者会をまじめにこなすうちに、その負担から鬱を発症した人だった。

「自分と家庭、それ以外のものは、すべて捨てないと、自分が壊れるよ。
人に助けを求めて、本当にすべてを自分だけでこなすことは無理。自分の弱さも認めていきないと・・・頑張りすぎないのよ。鬱はだれにも起こりうるからね。」

彼女の疲れ切った姿は、これからの私の姿でもある、と心に留めて人に頼ろうと思う。

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沖縄在住の精神科医 蟻塚氏のニュースを見て

7日のニュース23に、『うつ病の精神科医、蟻塚亮二氏』の特集があった。

青森県で精神医療にたずさわっていたが、36歳で大腸がんに続き、うつ病にもなった。55歳で過重労働もあり、うつ病が再発し、沖縄に移住する。その沖縄で、患者としての体験から薬物療法をうまく利用しながら心のケアや環境の改善も同時に考えた治療をしているという。

そして蟻塚氏は現在も、うつ病と付き合いながら『精神科医は軽いうつの方がいい』という。薬物治療には限界があり、薬物をうまく利用しながらうつ病に付き合い、体験に基づく患者の側に立った気持ちや不安、内面の問題を解決しなければ治らないということを十分承知した治療が大切と考えているからだ。

まさしく、体験者にしかわからない患者の心に寄り添った言葉がごく自然に出てくるし、患者の側にしても心を開きやすくなるからだろう。

2150 うつ病患者が急激に増えている。内科を受信する20人に1人いるとも言われ、2007年厚生労働省「患者調査」(左図・クリックすると拡大します)によると、1996年に43.3万人だったのが6年後の2005年には、92.4万人となった。

精神科を受診する患者が増えたにも関わらず、精神科医は4.7%しかいない。日本の全病床数の4分の1を抱かえ、来院する患者が増えているのに・・・。精神科医の過重労働の中で、うつ病になる医師も出ているという。

長女が、専門学校時代にかかった心療内科では、2時間から3時間待ちが当たり前で、治療に5分という短さだった。心のケアで娘の心の奥に潜む憂鬱を引き出してくれるものとは程遠い治療だったと思う。やはり、睡眠導入剤や治療薬は症状を和らげる点で必要ではあるけれど、カウンセリングを同時にしてもらえるところは、予約でいっぱいというのが現状のようだ。

そういった点から見ても、蟻塚氏の医療に対する考え方は、とても実情にあっていると思った。

番組内で治療を受けた20代の青年は、環境(親の過干渉と自立できない自分から発症したと診察された)を変え、再び訪れた時には明るい声で、1人暮らしを始め自信を取り戻してきたという近況を伝えた。ひとつずつ自分の決めたハードルを飛ぶことへのアドバイスが早ければ早いほど治療にかかる時間も短くできるというが、薬だけに頼ることなく、重い気持ちの病巣を聴いてもらえる治療をしたら、もっといいのではないかと思い、この記事を書いた次第です。

蟻塚亮二精神科医の記事紹介→さすらいの精神科医の独白(ひとりごと)全20回

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不登校から自殺した少女について

産経新聞4月29日の記事より→150人巻き込んだ中3不登校少女・・・硫化水素自殺の“闇”

23日、高知県香南市の市営住宅で、中3の少女による硫化水素による自殺によって毒ガスが発生し、150人にも及ぶ付近の住民が避難する騒ぎとなった。そのうち90人もの人が手当てを受けることとなり、一時意識不明の巻き添えで入院した人もいた。

活発で明るく率先して行動の出来る“いい子”だった少女が、不登校となり、自ら命を絶つということになったものとは何だったのか?

■小学校時代から中1の2学期までの評価は、『優しくて、よく人の面倒も見る子。活発でリーダーシップがとれる子。お友だちの多い子』
■中学生になりバレー部に入った少女は、中1の2学期に練習についていけなくなり休部する。
■『学校に行きたくない』というようになった中2では、保健室登校をするようになったが、240日の出席日のうちの160日を欠席する。
■中2・中3と『仲の良い生徒と同じクラスにしてほしい』という相談があった。
■中3になった少女は、『新しい環境になったから頑張って行こうね。』と母親や新しい担任とに励まされて、始業式の7日と翌日の2日しか登校していなかった。

少女のことについて書かれていた記事から見える心の闇は・・・

少女は、うつ状態から脱出できずにうつを発症していたのではないだろうか?すでに自殺という最悪の結果となってしまったことからも伺える。(関連記事→子どものうつ
中学生の女子は、26.1%という高さでうつ予備軍となる。100人に26人の女子中学生が「何をしても楽しくない」と思い、100人に4人の子どもが「生きていても仕方がない」という思いをもっている世の中なのだ。

また、それ以前に思春期の子どもが自律神経の不調を訴えることはよくあることだ。私の息子も起立性調節障害(関連記事→起立性調節障害)で朝、体が起きられないという時期(4月から7月に多い)があった。中学校という特殊な環境の中で、腹痛を訴える子どもも多い。

中学という新しい環境の中で、真面目で活発であった少女は不安や悩みを不登校という問題行動で精一杯のメッセージをおとなたちに伝えた。いじめ問題は不明とさているが、思春期真っ只中の少女たちにとって、友人たちとのトラブルは絶えず起きていたとは思う。いじめの大小ではなく、あくまでもひとつの要因として日常茶飯事に起こるものである。

それ以上に辛かったと思うのは、バレー部の練習についていけなくなったことだ。中学という新しいスタートから勉強に部活にと真面目に一生懸命取組んできた分、息切れをすることもあるだろう。何でも上手くこなせていた人にとって、もがき苦しんだ時に底辺にいる自分という存在と比べると大きなギャップにショックを受けることがある。

うつという病気は、底辺にいる自分に絶望してしまうことだ。

学校に行けなくなったことで生じる不安はとても大きい。ましてや母子家庭という生活環境で、経済的不安を抱く優しい子がなんと多くいることだろうか!
出席日数から見える不安を持ったのも当たり前のことだ。30日を越えると不登校という扱いになる。公立高校に進学することは出来ない、私立も不登校者の理解がない限り狭き門となる。
『勉強についていけない』、『高校にいけないかもしれない不安』、『将来の自分が見えない』
そういった絶望の中にいたのではないだろうか?

学校に行けなくなった子どもの不安要因を取り除くためにも、学校に行くことばかりを強要するのではなく、『学校に行かないことも選択できる』という学校にいっていない子ども自身を認め受け入れることが子にも親にも必要だ。

『学校にいっていない人も、不安を持つこともなく、行くことができる高校がちゃんとあるんだよ』という安心の出来る情報も伝わっていたのだろうか?

素晴らしかった頃の自分に戻るには、いくつものハードルが前にある。足元に転がる石をひとつひとつ取り除きながら、立ち止まった分、ゆっくり慎重に前に進むことや目標を見えるところに置いていくことが大切だ。

不登校という問題を持った親もまた、慌てずに支えてやって欲しいと願う。親も周りも焦らずに、自分の不安を子どもに見せないで『大丈夫』というサポートを親自身も受けて欲しい。

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ミュラー筋と自律神経

4月8日、NHK放送の「ためしてガッテン」(放送内容:医学で解明!顔若返り)は、医学的にみると顔のたるみによる老化から、頭痛、首・肩のこり、不眠、うつまでも引き起こす可能性があるという内容だった。

年齢を重ねるにしたがって気になりだす目の上の「くぼみ」や「たるみ」が顔のゆがみを引き起こしている原因なのだが、これを放置しておくと、深刻な症状を引き起こすというのだ。これは、老化からくるものばかりではなく、夜更かしや涙もろい人、花粉症、女性など、目をこすることの多い10代から30代の若い人にも多いという。

まぶたを持ち上げる筋肉『ミュラー筋の働きと自律神経が連動していて、目を開いているときはミュラー筋が働いている『自律神経ON』の状態、目を休めているときはミュラー筋が休んでいる『自律神経OFF』のリラックスした状態となる。

目の奥にあるミュラー筋に負荷がかかった状態が続くと、ミュラー筋は伸びてしまい、『眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)』という保健適用の治療(手術)が必要になってくる。番組では、頭痛・肩こり・不眠・うつといった症状がある『眼瞼下垂症』の診察を形成外科と眼科の一部で行っていることや、実際に手術をして「顔のたるみ」と「身体症状」の改善をした人の紹介など、魅力的な話だった。

パソコンや携帯を使う多くの人が、目を酷使しているということから、このミュラー筋の奥にある自律神経にも影響を及ぼしているのではないかと思う。

『眼瞼下垂症』の予防として、目をこすらない、眉毛を動かすクセをやめる、ミュラー筋を休ませる、とある。目線を下げることで、ミュラー筋の緊張を緩ませることになる。目に温かいタオルを置いて目の奥まで休ませるなどして、気持ちも若々しく保っていきましょう。

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五月は、うつ状態に注意を!

新しい人生の節目をスタートをされた人も多いと思うが、そろそろ1ヶ月、「5月病」といわれる体調の不調が出始める頃となった。

急激な環境の変化の中での緊張の連続の日々に、何とか体を合わせていこうとする適応の過程で無理が重なってしまうもので、疲れやだるさがすっきりと取れないばかりか、微熱や心的ストレスをためてしまうなど、うつ状態となってしまう。

自殺者もここのところ多く報道されるようになり、家族や学校、会社の上司など身近な人の声かけは必要だ。家族という弱音を吐ける環境の中で、少しでも気持ちを楽にしてやって欲しいと願う。(硫化水素による自殺のリスクなど関連記事→自殺者とリスク

私の職場も、ここ一ヶ月という間に職場のストレスから一人が倒れ、一人は入院という状態で、人手のない中を連日の残業でカバーをしてきた。中学生になった息子の朝練や塾の送り出しに残業で疲れた体に鞭打ちながら送り出すなどしてきたが、職場でのストレスは溜まる一方だ。

自分の体が大切だ。おととい『辞めます。』という宣言をやっとした。昨日は、無気力とけだるさに半日横になっていても改善しない状態だった。風邪をひいたような微熱とイライラで言葉も荒くなるのがうつ状態の特徴のひとつでもある。

うつ状態自己チェック表(東邦大式うつ尺度)
(いいえ:0点、ときどき:1点、しばしば:2点、常に:3点)
①体がだるく疲れやすいですか
②騒音が気になりますか
③最近気が沈んだり、気が重くなることがありますか
④音楽を聴いて楽しいですか
⑤朝のうち特に無気力ですか
⑥議論に熱中できますか
⑦首筋や肩がこって仕方ないですか
⑧頭痛持ちですか
⑨眠れないで朝早く目覚めることがありますか
⑩自己や怪我をしやすいですか
⑪食事が進まず味がないですか
⑫テレビを見て楽しいですか
⑬息が詰まって胸が苦しくなることがありますか
⑭のどの奥にものがつかえている感じですか
⑮自分の人生がつまらなく感じますか
⑯仕事の能率が上がらず、何をするのも億劫ですか
⑰以前にも、現在と似た症状がありましたか
⑱本来は仕事熱心で、几帳面ですか


②④⑥⑧⑩⑫を除いた他の項目の点数を足す
ー判定ー
10点以下:基本的に問題なし
11~15点:うつと健康の境界線上にいる可能性がある
16点以上:軽症のうつの可能性

私は、18点。休息が必要のようです・・

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子どものうつ

17日の朝日新聞の『私の視点』欄に、北海道大学教授の「こどものうつ」に関する記事が掲載されていた。小学4年から中学1年の738名を対象に、うつ病と診断された生徒の数が記載されていた。

小学4年(0.5%)、小学5年(0.7%)、小学6年(1.4%)、中学1年(4.1%)

すでに、『うつ病』と診断された児童の割合だ。中学1年に関しては、おとなの数値だという。

神戸新聞の調査もインターネットで見たが、『抑うつ群』といわれる『うつ病予備軍』の割合 (参考:神戸新聞2008.1.26付→)潜む「うつ予備群」中学生の23% 学生調査

小学生(全体16.1%、男子14.1%:女子18.1%)
中学生(全体23.1%、男子20.4%:女子26.7%)
調査対象4000人(大阪・兵庫・福井の公私立小中学校27校)
この中で、うつと診断されたのは、3~5%いるという。

この場合の『抑うつ群』は、『抑うつ状態』で、普通にある「気分がふさぎこんだ状態」で、時間の経過とともに、精神的な動揺が薄らぎ落ち着いてくることもあるが、数週間・数ヶ月と長引く状態が『うつ病』となる。

小中学生の100人に4人は、うつを発症している状態である。千人以上という規模で調査が行われ、全国的に小中学生のうつが問題になりだした。おとなだけがかかる病気とはいえない、子ども社会にもストレスがあるという社会現象として捉える必要がある。

100人に23人の子どもが「何をしても楽しくない」と考え、100人に4人の子どもが「生きていても仕方がない」、そういう気持ちを子どもが抱いているというのだ。

中学に進学した次男も、環境の大きな変化にストレスが溜まってきている。イライラ、トゲトゲした感情の爆発が時々起こる。塾での遅くまでの授業、慣れない英語のテストでヒドイ点を取り大量の宿題、着慣れない中学の制服に重い教科書の入ったカバン、テニス部の朝練も始まり、クタクタになって帰ってくる。

中学という自分にひかれたレールの上に、自分が選んで載せた荷物が、小さな体には、まだ重く感じることだろう。環境の大きな変化があるときは、特にしっかり子どもを見ていかないといけない。長男から得た教訓でもある。

体調を崩して、休んだ頃から熱が下がっても布団から出ることができなくなる。食事もしない。ものにあたる。午後になると、そのけだるさから解放され元気になるため、翌朝になって、また繰り返されるとは思わなかった。身体症状のだるさや腹痛を訴えた。(そういった症状を訴える子どもは多かった。)長男は、そのうちに不登校となっていった。

気分の不調の訴えが、家庭内暴力や不登校という表現をとる子もいるため、『うつ』を見過ごされる場合もあるという。病院通いをして診断を受けても、症状の改善がないときは心的なものを考えたほうがいいという。

児童精神科は、何ヶ月もの予約待ちのところが多くなってきているという。小児科や心療内科に相談して欲しいと思うが、子どもは自分の身体的状態を上手く伝えることがは難しい。イライラしている状態が、子どもの世界でも起こりうる心的ストレスによるものではないか?という想い持って、子どもの心に寄り添って欲しいと想う。

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聴く姿勢

Aさんからくる毎日2回、一時間の電話を『彼女のために』と聴いていたBさん。

これまで悩みを聴いてきたBさんは、Aさんに依存された状態だった。Bさんが真剣にAさんの悩みを受け止めているうちに、Bさんまでもが、何も手につかなくなり、うつ状態に近くなってしまったのだ。

あの当時、バッタリ合ったBさんは、本当に苦しそうな表情を浮かべ、深いため息をつきながら歩いていた。真面目で、困っている人を放っておくことが出来ない人で、私もずいぶん話を聴いてもらって、気持ちを軽くしてもらった人だ。

病気で苦しむ友人に対して、こんなに長い間、彼女の話を受け止めて聴いてはいるけれど、同じことの繰り返しといっていいくらい、自分から良くなりたいという気持ちが伝わってこない。だから、ついアドバイスもしてしまう。だからといって、何一つ変わらない。そういう自分の無力感が襲ってくる。』という。

辛い気持ちを抱いている人の気持ちや想いを『聴く』ということは、人を変えようとする気持ちがあると、おごりとなって自分に返ってくる。特に、Aさんのように病気からくるものについては、素人には難しい。

だからAさんには、『自分の話を聴いてくれる人』という他者への思いやりを持ち合わせていない。電話を受け取ると、いきなり昨日の続きの話を始めたり、人の都合に自分が合わせることに不満が出たりすることもある。家事をさいて時間を作っているBさんを利用しているようにもみえる。

『聴き手』に、アドバイスを求めたり、自分の答えをそこから模索したり、ただ自分の話を聴いてもらって気持ちを楽にしたい、という思いが相手にあるのと、ないのとでは大きく違う。

聴き手に話を聴いてもらいながら、問題点や答えを自らが気づいていく。話の中に、答えが隠れていたりすることがある。そこに気づく自分が見えてくることことが聴き手の役割でもある。

うつの症状が見える人の場合、電話をしてくる場合の時間の約束や、自分の家庭の都合を曖昧にせず、約束事を守った上で電話での話を聞くことを伝える。
その場合、『お医者さんは、どう言っていたの?』『薬のことは、先生に聞いて。』というように、はっきりと伝えて、医者の言葉を意識に入れていくことが大事だという。割り切った応対をしていかないと共倒れになってしまいかねない。

ところで、夫ではなくBさんに依存していったのはなぜだろう?
夫は、すでにAさんとは距離を置いて生活をしていた。休日はでかけ、仕事に逃げる、という様子だったところから、妻の病気に向き合っていなかったのだろう。

家族が支えて、夫や妻が介護うつになる時代でもある。真面目で一生懸命な人がかかってしまう病気でもある。そうなる前に、心の逃げ場つくりを小まめにしていける場所を地域で担うことにやりがいを感じているこの頃です。

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心の病、学校は社会の集約の場

教員の「心の病」過去最多の4675人というニュースが出た。要因として、「生徒、保護者、教員間での人間関係や、勤務の多忙化など複雑な要因が絡んでいるのではないか」という。

学力や学歴を重視することで、豊かさを手に入れるという想いは、心の豊かさとは別のものを生み出した。

その結果、20世紀の物だけを売る時代から、より良い物とサービスを売る時代へ、そして21世紀の今は、心を売る時代になったといわれている。欲求は、より満たされたいとする高いものになっている。物を売り、豊かに満たされていく世の中のスピードが、心の満たされ度合いの錯覚だったかのように、心のケアーを求める人がすでに世の中に溢れているようだ。

そういった歪みが生み出した格差社会の中に生きる大人(親、先生)と、その影響を受けて育つ子ども達の集結した場所が「学校」という社会ではないかと思う。子ども達は、大人社会の移し鏡なのだから、荒れている教室、学校の中で、心の叫び声を出しているのは、子ども達であり、大人達でもある。

そういった心の叫び声の相談を受けることも多くなっているのが「親の会」でもある。

親の会では、聴くことによって相手の心を受け止めるという形で、その時の思ったことや感じたことの事実をひとつひとつ共有し、共感してきた。その丸ごと受け止めるという関わりで、受け止められたと感じた相手が、少しずつ変わっていくのを感じる。ところが、相談を受けた方が心の病「うつ」だったという場合が時々ある。

ー上級カウンセラーの先生の話からー

何度も、何度も電話で繰り返される相談に、「何とかしてあげよう」という気持ちが働くうちに、こちらが疲れてしまう。「・・・あげよう」この気持ちの傲慢さに、こちらも気づかないと共倒れになる。実は、相手は依存性を求めているのだという。そして、その気持ちを強くさせているというのだ。

負の心の状態は、受けての心にも負の状態を作る。
「・・・してあげよう」の気持ちで、「心の病」の人を変えることは出来ない。

うつの世界は、全自己否定なのだ。言われたことは、何一つ残らないという空しさに、これまで「・・・してあげよう」としていた自分自身のやっていたことがになるのだ。

その受け止め方の話を聴くうちに、低い目標のハードルのを幾つも乗り越えることを繰り返してきた不登校の「学校復帰方法」と似ているものを感じた。全ては、存在を丸ごと受け止めるという現実を直視するところからだった。

突然「10」出来ていた人が「0(ゼロ)」になる。「1」を越えることを目標にすべきところを、自分は「10」出来ていたのに出来ないというの気持ちを「1」を乗り越えたという自信の回復に切り替え、繰り返していく。

うつと診断されているとわかったときに私たちが出来るのは、「医者は、・・・だといわれたのですね。」と、その医師の言葉を常に意識の中に残るようにしていくことだという。
「10」の人だったという過去の姿にとらわれず、「ゼロ」や「1」の姿が現実の目の前にいる人だということをまず直視することが、その人自身を丸ごと受け止めるということ。

それは、うつの人に限らず、すべての人に共通する「今を生きる」人に必要なことだと思う。

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