(立ち読み→)中嶋博行「この国が忘れていた正義」本文より
著者:中嶋博行(文藝春秋)
日本は加害者に甘すぎるという帯タイトルに共感する人は多いだろう。
著者は弁護士として、「犯罪被害者支援」や「いじめ」問題に取組んでおられ、今の日本は、加害者の更生を理想に掲げる犯罪者「福祉型」社会である、という日本の司法システムの問題点を鋭くえぐりだした上で、「正義」実現のための方策を問いかけている。
犯罪者福祉とは、犯罪者の更生改善を国家目標とする社会である。この社会においてはまず犯罪者の立ち直りに尽力が注がれ、さらにセカンド・チャンスが与えられる。犯罪者が更生すれば、関節的に社会の安全も守られるという論法で、社会防衛は二の次である。
犯罪者福祉先進国のアメリカがそのいい例だった。
反戦平和運動が盛んに叫ばれ、カラーテレビが普及した豊かなアメリカの60年代。
犯罪者にも寛容なリベラル派によって、「犯罪者更生プログラム」が「治療(メディカル)モデル」として、職業訓練や教育によって人としての再生を図る。
その後10年、70年代の再犯率70%以上、ニューヨーク市にいたっては犯罪者の86%の者に重罪の前科がみつかったという。
「更生プログラム」によって社会に犯罪者を送り返したことになるとともに、「犯罪社会」を作り出した。
この更生プログラムは、税金によってまかなわれており、「人権」という概念も発端から洗い直し、犯罪者保護に過剰に傾いた「人権」を被害者主体へと転換して被害者救済のための改革案を示している。
気づきのアメリカは、70年代以降「出現しつつある考え方は、刑務所は悪人を苦しめる場所であり、それ以外の何物でもない」という・・・新しい政策「正義(ジャステス)モデル」によって、社会を犯罪から防衛するには、犯罪者の心をいじるのではなく、彼らを徹底的に隔離し、無害化するということを実現していく。
中でも80年代は、性犯罪者は再犯率が高く、性癖は直らないということを示す事件の教訓として懲役刑45年を求刑された少年野球チームの監督の裁判で、驚きの司法取引を行い判決をした。・・・20年の減刑と睾丸摘出手術を受けることで無害化したのだ。・・・「ミーガン法」、「三振法」など
本著では、日本の犯罪者「福祉」予算に2200億円、囚人一人当たりの収容費・作業費(年額80万円以上)、人件費・官署費を含める年額330万円、囚人一人に対して毎月28万円の血税を使って「再生プログラムに消えていくことに疑問を投げている。
民芸品などのコストの低い生産で得られる1年分の作業報酬金9万円に対して、1年分の食費20万円ですでにマイナスなのだ。
そもそも利益を出して賠償させるという「犯罪被害者の救済」が目的ではない。刑務所労働は、あくまでも「犯罪者の更生改善」を目的として行われているにすぎず、罪の償いというには無縁のものとなる。
著者は、江戸川乱歩賞作家だけあって、日本の刑事罰制度の現状や矛盾点を要領よくまとめ被害者救済の改革案を示す、読み応えのある一冊だ。
日本は、30年以上も前に破綻したアメリカの「更生プログラム」を続けているのだという。犯罪者の増産を・・・
犯罪被害者の立場の何とも割り切れない思い・・・懲役刑に服している犯罪者は、懲らしめに合っているわけではなく、現状は被害者は置き去りである。
仕事もなく餓えて死ぬ善人がいる社会の一方で、医療・食事・資格取得・適度な運動・軽作業による作業報奨金が与えられ、30分の自己反省の時間に被害者に謝罪の意を込めた反省が本当にあるのだろうか?
少年法においても、「厳罰化の是か非か」議論、「犯罪者の更生は幻想」、「再生プログラムの無駄」と断じている。
そして、いじめ、少年犯罪にも容赦なく切り込んで正義を問う。
学校でおこるいじめは、暴力や恐喝、恫喝、性的暴行であり、犯罪である。
「教育問題」としてみるのか?
「犯罪問題」としてみるのか?
また、「シカト(無視)」や言葉の暴力は、いじめという犯罪ではないのか?
ここでも「社会で許されない行為は、学校でも許されない」という自論を持つ。
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ここのところ、精神鑑定を行う猟奇的な凶悪犯罪者が多く、私たちのごく身近な日常に潜んでいる。「サカキバラセイト」はその先駆者で、「更生特別プログラム」によって全く別の履歴を持って出所した。
猟奇的殺人をして出所する元少年Aという少年法に守られた青年たちは、実は身近に存在している。
ベールがかかった犯罪者の犯罪に駆り立てられた心理がどこまで再生プログラムによって改善されて社会に返されたのかを知る必要はあると思うのだけれど・・・犯罪にいたる詳しい状況はネットで、かいま見られる。
私たちは、そういった事実にどこまで寛容でいられるか?
そして、残酷な加害者に対して排除することにならないか?
加害者が自分の犯した罪を真摯に受け止め、被害者に対する謝罪と償い行う必要があり、被害者も受ける権利がある。犯罪という罪を社会が許さないという姿勢を小さなうちから植えつけていかなくてはならない。
そうした上で寛容さについても学んでいくことになるのだと思う。
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