カテゴリー「エコ」の8件の記事

イメージできない自然

『自由って言われる宿題が一番困る』・・・といって、我が家の次男が白紙のプリントを埋めるのに苦労している横で、社会人の姉が『そうそう、わかるわかる。困るよね、ある程度絞ってくれたほうが親切よね。』と相づちを打つ。

どんな宿題か、と見れば・・・社会で、「自分の住んでる都市のことを調べてプリントの地図を埋める」というもの。

(な~んだ)と思うが、次男にとっては、大晦日から正月の三が日までの5日間以外は部活と塾で朝から夜10時近くまで拘束され、空いている時間のほんの1時間半の間にゲームをしているうちに「寝ないから・・」といいながら、いつの間にか横になって寝ている。

そういう生活の中で得た5日間、やはりゲームと貯めておいた「お笑い番組」を見て思い切り笑い転げるという時間を使い、それでも大晦日には1時間以上かけてお風呂場を雑巾で磨き上げてくれたりもしたので、感謝こそしても、文句やグチは思い留めていた。

何世代もこの土地で暮らしているとか、愛着があるというわけでもなく、今ある・・・どちらかというと作られた自然の緑と環境が気に入って移り住んだようなものだった。

自分の実家のある三重県の地方の町も、しばらく帰っていない間にマンションが立ち並び、小さなブナの森も、秘密基地を作った竹林も、れんげ畑も住宅地や道路に変わっている。
当時の川は、すでに汚水が流れてきており、きれいというものではなかった。

子どもの宿題から飛躍しすぎたけれど、「イメージできない」という声が聞こえてくるのは、「自由な調べ学習」に留まらず、「地球温暖化問題で絶滅する生き物や自然にたいする思い」も同じのようだ。

朝日新聞1月4日の生活面の記事に、『温暖化と言われても』というのがあった。

今の子どもたちは、環境問題について、学校の授業や新聞・ニュースなどを通じて学んだり、パソコンのネット情報からレポートを作るなどして、未来への危機感もある程度知識として知っている。

ところが、緑や生き物との自然の中での接点が少ない中で育つと、自然を守る」という「イメージができない」という。
きれいな川を作るため、残すための工夫も、きれいな川で遊んだことのない子どもに、どうイメージを持たせるのか?という体験から感じさせる努力が必要だということだ。

テレビ・自動車・24H営業の店・クーラー・・・都会に生きる子どもたちには、身の回りにある「便利なもの」を我慢する努力から「地球温暖化」を食い止めるおとなの本気度を見ているんだろうが、「本気に感じられない」といったところがあるようだ。

「ゴミを拾う」その行為ひとつとっても、人の目を意識をする子ども社会もあるようで、問題は「おとなもできるの?しているの?」という本気度と姿勢も見られているのだろう。

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1.8グローバル・ヘクタールの暮らし

月尾先生のお話にあった環境負荷を測る「エコロジカル・フットプリント」という概念について調べてみた。

これは、地球をパンクさせないための地球1個分の暮らしと実際に生活している暮らしとを比べる物差しだ。

食料やエネルギー、木材など単位の違う数字をすべて陸や海の面積に置き換える。
人間が足跡をつけた(利用した)面積(単位グローバル・ヘクタール/gha)農作物用の田畑+家畜を飼う牧草地+木材や紙を生産する森林+水産資源を取る海・河川+エレルぎーにともなう二酸化炭素を吸収する森林+道路や建物の土地+土地の肥沃さ+森林密度

happy01 自分たちの暮らしから診断してくれるクイズもあるので一度お試しをsign01
(ちなみに、我が家は1.9グローバル・ヘクタールでした・・・ちょっとオーバーcoldsweats01

「エコロジカル・フットプリント・ジャパン」わたしの暮らしは、地球何コ分?クイズ

(昨日の記事より)
世界全体で生態足跡面積が大きくなってきている。

2.2グローバル・ヘクタールが地球上の平均、ところが地球にある実面積は1.8グローバル・ヘクタールで、0.4グローバル・ヘクタールの不足がおきている。
その不足分が、飢餓で苦しみ、十分に水が足りていない国で年間数百万人という犠牲者が出る事によって調整されている。

1961年に30億人の人口で地球は0.5個分、1986年に48億人の人口で地球1個分でちょうど良いくらいだった。
2005年に65億人の人口で地球1.3個分必要となり、2050年には地球が1.8個分ないと人類の維持は出来ない。

2004年の日本を参考に、上記の計算式(生態足跡面積食料生産面積+資源生産面積+社会基盤面積に当てはめると、
日本は実質4.4グローバル・ヘクタールしかないが、7.7グローバル・ヘクタールの面積を使っており、3.7グローバル・ヘクタール分を外国の土地を借りていることになる。

世界合計の生態足跡面積は、112億グローバル・ヘクタール(2003年、南極や北極を除く)で、世界の人口で割ると、1年間に一人当たり1.8グローバル・ヘクタールの「地球1個分の暮らし」が、割り当てられることになる。

Earth244.4(日本の実質数字)÷1.8(世界の公平割り当て数字)=約2.4で、
日本人の暮らしは、一人当たり地球2.4個分の暮らしをしているということになる。(単位はグローバル・ヘクタール)

ところが、世界人口が67億人と膨らんだ今、2003年の調査からはるかに赤字となっているのは明らかで、人口のふくらみだけでなく生産可能な面積自体がすでに下回ることも予測される。

いまだ驚異的な数字でアラブ諸国(11.9グローバル・ヘクタール)やアメリカ(9.6グローバル・ヘクタール)に対し、アフガニスタン(0.1グローバル・ヘクタール)といった足跡の小さな国々のおかげで維持できているとはいえ・・・

飢えや水不足、災害、生態系の狂い、ウイルスの脅威・・・いつまでもテレビでの海外ドキュメンタリーのつもりでいていいのか?と思えるほど、他人事のような暮らしがある。

ひとりひとりの意識を少し変えるだけで、人が何人助かるのか?地球が何年生きのびるのか?身近に問題意識を持っていこう。

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月尾嘉男先生の話・つづき

・・つづき

地球の限りある資源の収奪を文明社会維持のために人は続ける。
鉱物、化石燃料、森、淡水資源・・・石炭は100年で枯渇森は1秒間でテニスコート3面分の勢いで消失しており、このままいくと500年後には木が一本もなくなるという計算になる。
アフリカは120年、アマゾンは240年で森林は消える
従って、10分間に1種類の動植物が絶滅し、いまや動植物園は種の保存のための役割も果たしている。

淡水資源もまた収奪によって、稀少資源となっている。
爆発的な人口増大による水不足は、今後、深刻化し、50年後には世界人口の70億人が淡水不足に直面すると予測されている。

青い地球・・・70.8%が水で出来ている星での話しだ。
地球の豊富な水量の97.5%が海水で、残りの2.5%の淡水で私たちは生活をしている。
その淡水も、南極や氷河の70%近くを占め、地下に蓄えられている30%をさらに引くと、湖沼や河川で人が淡水として利用できるのは、地球全体の0.01%にしかならない。

そのわずかな水の70%を農業水として消費している。
人口増大、そして生活のために農地もまた爆発的に拡大を続け、カザフスタンとウズベキスタンの国境にあるアラル海では3分の1にまで湖水は減少し、こうした状況は世界各地で起きている。

水質汚染によるガン多発地帯の発生、汚染された水による死者は18秒に1人の割合となる。

サハラ砂漠などの緑化も盛んとなってきているが、中には地下に眠る限られた水を使っている場合もあり、緑のために水が無くなるという矛盾もある。

先進国では、ミネラルウォーターを海外から輸入しているが、ミネラルウォーターを輸入するために、石油を使っていること、これも問題である。
輸入大国日本で、輸入されている小麦や牛肉、豚肉もまた輸出国で淡水を使っており、これらにかかる水も輸入しているということになる。

生態足跡面積=食料生産面積+資源生産面積+社会基盤面積

「エコロジカル・フットプリント」という概念で、2004年の日本を参考に計算式に当てはめると、
日本は実質4.4グローバル・ヘクタールしかないが、7.7グローバル・ヘクタールの面積を使っており、3.7グローバル・ヘクタール分を外国の土地を借りていることになる。

世界全体で生態足跡面積が大きくなってきている。
2.2グローバル・ヘクタールが地球上の平均、ところが地球にある実面積は1.8グローバル・ヘクタールで、0.4グローバル・ヘクタールの不足がおきている。
その不足分が、飢餓で苦しみ、十分に水が足りていない国で年間数百万人という犠牲者が出る事によって調整されている。

1961年に30億人の人口で地球は0.5個分、1986年に48億人の人口で地球1個分でちょうど良いくらいだった。
2005年に65億人の人口で地球1.3個分必要となり、2050年には地球が1.8個分ないと人類の維持は出来ない。

生活水準向上   生活水準下げる
  ↓          ↓
経済活動の向上  経済活動の縮小
  ↓          ↓
資源消費の増大  資源消費の減少
  ↓          ↓
環境問題の増大  環境問題の減少
(現在)        (現実には難しい)
  ↑
生活水準は向上していたい、経済活動も向上していたい、だが資源消費を減少すれば環境問題は減少方向に向く
ここに着目すると、新しい電化製品の省エネタイプの物に替えたり、待機電力となる消費を押さえるだけで、沖縄で生産される電力と同じ量を省エネすることになる。
新聞や書籍を通信情報に替えるだけで、新聞で1/20、書籍で1/40の割合で資源消費は減少する。

5兆円もの食料調達を行う日本は、食料自給率39%という低さ。
地産地消を行うことで、運搬に使う石油資源のみならず淡水資源の自足自給も叶う。

かつて、李御寧の「縮み志向の日本人」という著書に、『茶わんに宇宙を透視』したというが、茶の湯に見る日本の文化、小さな空間におさまる宇宙を感じたとある。
質素に表現する素晴らしい知恵と畏敬の念が忘れ去られつつ日本の現状。

多くの若者たちの未来に残すものが負の遺産であってはならない。

メモの記録や記憶にある部分を頼って、お話のをまとめたものです。
読みづらさは、ご了承くださいませ。
confident

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月尾嘉男先生の話

日本を代表する環境問題の第一人者、月尾嘉男東京大学名誉教授のお話を聞く機会があった。

地球温暖化の危機を迎える今、知っておくべきこと、取組まなければならないことを考える。

地球は奇跡の惑星といえる。
地球より太陽に近い金星では、484℃~500℃(太陽に近い内側に近づいた時)
地球より太陽に離れた火星では、-63℃~-200℃(太陽により遠い外にいる時)

地球の場合、平均的な気温は15℃で、この地球とほぼ同じ条件(29.2%の地と70.8%の水)の星は21光年先にあると言われている。

21年かけて地球脱出?
この先の未来を担う子どもたちの世代に残した危機的な状況が起こっている。
逃げ切ることの出来る私たちおとな・・・自分たちの子や孫の世代に、確実に起こる危機を延命していくのも私たちに残された課題でもある。

それにしても、地球誕生を一年の物差しに例えると・・・
 1月 1日(46億年前) ・・・・地球誕生
 1月 8日(43億年前) ・・・・海洋の誕生
 2月15日(40億年前) ・・・・生命の誕生
11月30日( 4億年前) ・・・・植物が陸にあがる
12月 7日( 3億年前) ・・・・動物が陸にあがる
12月31日( 2億年前) ・・・・恐竜誕生
同日16時(600万年前) ・・・猿人誕生
同日20時(150万年前) ・・・原人誕生
同日23時30分(30万年前)・旧人誕生
同日23時58分( 5万年前)・新人誕生
  upこのあとの2分で人間は大きく発展を遂げ、最後の数十秒で1000倍に人が増え、地球人口が67億人に達した。

爆発的に増えた人口と自然形態を打ち破った熱量にかかる一人当たりのコストは、かつての100培の熱量を消費していることになる。
6000年前の人口比から見ると、1000倍に増えた人口でによって、10万倍もの速さで地球資源がなくなっているという。

かつて京都議定書会議での地球温暖化の最大の問題と解決にたいするアドバイスを福田元総理に求められた時の答えとして、人の増えすぎを挙げたのだというが、この問題を話題に挙げることはなかったという。

当時の福田元総理は就任前から人口問題のアジア諸国会長を務めていたとかで、人口問題を視点にコントロールすることで気候変動問題や食料問題、そしてCO2削減という問題を解決できるはずだったのだが・・・

地球の物差しでいう、この最後の数十秒の世界で、人は収奪という知恵を付け、人口を1000倍に増やし、そして地球の資源を人のためだけに使い果たそうとしている。

例えば、鉱物資源の金を今のままの採掘量で採り続けると、金鉱は25年で採り尽くし枯渇することになる。
時間の物差しで考えると、わずか6000年の人の大量発生で、金は10数秒で採り尽くされることになる。
銀鉱は30年後、銅鉱は55年後、大量に存在している鉄鉱でさえ250年後には枯渇されるいう数字が出ている。

ケータイにも使われているという金。
アーバンマイン、都市に眠る金鉱は使い捨てられた機器の中にあった。
アーバンマイン=都市金鉱と呼ばれる使用済み電子機器や自動車、家電などの廃棄物を回収して精製し、金属資源を取り出すリサイクルシステム

つづく・・・

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小学校で見つけたコンポスト

先週のK小学校での防犯授業の参観と会議に参加した時のことだ。

Cocolog_oekaki_2008_11_17_22_21図書室の窓から何気に見た庭に、『生ゴミたい肥化容器:コンポスト)』の青っぽい容器が土に埋められているのを見つけた。

ほとんどの小学校の校庭の隅には、大抵の場合、学校菜園で育てた野菜を家庭科の授業で利用したり、学年毎にミニトマトや朝顔といった定番のような鉢植え栽培を行っているし、用務の先生が育てるパンジーやヒャクニチソウなど花壇に使用する肥料が事務所玄関になん袋も積まれているのを見かける学校の方が多い。

学習用はともかく、設備への利用度が高い上に、中学のように給食センターでなく、給食室で作られるのだから生ゴミを利用すればいいのに・・・といつも感じていたこともあって、ちゃんと『生ゴミのリサイクルrecycleを行っている学校もあったんだと感心した。

やっぱり、代々女性校長の学校は環境に優しい上に掃除が行き届いている、と二度感心した。happy01

臭いや虫が湧くというイメージがあるので、懲りてしまうこともあるらしい、腰を痛めてからなおざりになっているベランダの花の手入れだが、ダンボール箱や八方スチロール箱で作る『ミニエコたい肥の作り方』を見て、まずは挑戦してみるのもいいかな?という気になってきた。

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車社会は人に優しくない

無謀な車の運転による事故が絶えない。

酒気帯び、スピード違犯を繰り返していた大阪キタのひき逃げ事件や、10日の千葉で起きた無差別殺人事件は「父親への腹いせに誰でもいいから殺したかった。」という身勝手なもので、24歳の銀行員が犠牲になった。

小中学生がゲーム感覚で乗り回す事件や、無謀な運転を繰り返す若者、アクセルとブレーキを踏み間違える年配者のケース・・・。

1960年代に本格化した日本の車社会は、わずか50年そこそこで自動車免許証所有人口は、8千万人にも昇るといわれている。

フリー百科事典『ウィキペディア』によると、2004年のケースでは、
交通事故発生件数 95万2068件
交通事故死傷者数119万0328人

1960年代以降、毎年1万人前後の死者を出しており、人口10万人に対して、9人の死亡者数ということになるらしい。

事故に巻き込まれた死者の8割は、自宅近くの1キロ圏内で事故に遭っているというデーターが地元の警察から出ていた。
便利な生活を果てしなく追い求めてきた結果ではあるが、日常生活における走る凶器であることを忘れないで欲しい。

それにしても、日本は車を中心に道路や街が発展しすぎていないだろうか?

Cocolog_oekaki_2008_11_12_00_00 新しい街がどんどん郊外にでき道路が整備され駐車場を確保する街並みとなっても、子が成長すると近辺の空き地は駐車場と化す。
田舎の町も同じで、町外れのスーパーや役所にいくための手段として、生活のために車が足代わりとなるが、年をとり単身者になると孤独になりはしないか・・・

どこへ行くにも車なしでは成り立たなくなり、鉄道は伸びず、利用の少ないバスは路線が減らされ、一時間に一・ニ本という状態は新興住宅街も田舎も変わらない。

こういった生活を続けていて、エコは本当に削減するのだろうか?と気をもんでしまう。

環境問題の点から見ても、車大国「ニッポン」も出力や燃費重視から欧州のようにCO2排出量の紹介をするようになってはきたが・・・
夫が車好きで家族が増えたことや環境に優しいことから、エステェマハイブリッドが出た頃、我が家もしばらく乗っていたが、夫が単身赴任した6年前に車を手放し、もっぱら自転車・電車・バスを利用している。

便利さを求めるのも業欲のひとつ?
駐車場の替わりに菜園を作るとか、乗り合いバスが町に発展するのが、地域に優しいエコへの取り組みじゃないかと・・・

車を手放したことで、凶器になりうる身ではなくなったが、犯罪者の狂気な心を持ったものまでが車の免許を当たり前のように持つことができる・・・怖いことだ。

追記:夫が足代わりに利用していた自転車が壊れたとかで、単身先で軽自動車を購入するとメールが入った。
保険に、税金、ローン・・・・・ε-( ̄ヘ ̄)┌ ナンテコッチャ…

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我が家のCO2排出量

地球温暖化 オゾン層の破壊 酸性雨 砂漠化 CO2削減 エコライフ カーボンオフセット・・・

温暖化防止京都会議で、2010年までに6%減(1990年比)という目が決まってからというもの、新聞やテレビのニュースはともかく、最近では企業CMでも毎日のように見聞きし、意識的に行動をさせられているようにさえ感じるときがある。

これまで、あらゆる欲求に答えるかのように生産され、物があふれ、消費し、ゴミになる。
車、電気製品、食事、ファーストフード、100円ショップ・・・新しいもの、カワイイもの、リッチなものと、自己満足を得るための消費文化が急激に私たちの生活を豊かにしてきた。

その結果、資源とエネルギーを大量に消費し、大量の廃棄を生み、化学物質を作りだし、自然のサイクルを壊す結果となった。

世界人口の20%に過ぎなかった消費社会が、さまざまな自然資源の80%を消費してきた。
先進国の経済発展が限りある資源の『浪費』を生み、豊かにモノがあふれる中で、心の欲求が満たされない人、化学物質やアレルギーなどの現代病が蔓延する。

発展途上国では、『貧困』『欠乏』から、さらに環境破壊が進む。

地球規模で、人が、生活と自然との共存と理解を広めるという「環境・エココミュニケーション」が必要で、企業としての取り組みや社会全体で取組みだした。

まずは自分の生活を見直すことから始めていきたい。

電気・ガス・水道の消費を押さえたり、捨てるものの再利用を検討したりする従来の方法に加えて、カーボンオフセットという方法がある。

日常から排出されるCO2を別の場所(発展途上国)が減らした分から帳消しにするのにお金を出す、というもの。
今、ひとりが年間に出すCO2は、約2100kgといわれている。
水道・電気・ガスの月の消費金額から計算する、我が家で出している年間CO2量は、3289kgで、排出した二酸化炭素を相殺するためにかかるコストは・・・13156円となる。(Yahoo!Japanの環境への取り組みアナタのCO2排出量を計算する>CO2排出量カリキュレーター>算出、で検索したところから計算したもの)

これに車を利用している家庭では、1ℓあたり2.3kgをかけるとより正しい計算になる。
自転車オンリーの我が家では、往復8kmを週2日走っている家庭よりも、年間184㎏少ない消費ということになる。

エコな4人家族の実態は、単身赴任先の消費型夫を入れるとかなりオーバーしそうですが・・・

 
 

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グリムスに登録!

1223902049_04255グリムスというブログで苗木を育てるブログバーツに登録した。

ブログに投稿記事を毎日更新するたびに双葉の苗がおとなの樹に成長していくゲームのようなもので、おとなの樹に成長すると、実際の森に苗木を植樹していくというエコ活動に繋がるというもの。

国際環境NGO FoE Japan』によって、今年の4月中旬、第1回目は『内モンゴル自治区のマンハン』にポプラの苗木を300本移植。
第3回目の8月26日には、『内モンゴル・ホルチン砂漠にあるダチンノール村』にグリムスから贈られたニレの木、200本が植えられ、また国際環境NGO FoE Japanの緑化隊らが、ニレ・マツ・アカシア・ヤマアンズといった植林を行った。

ダチンノール村ノールには湖という意味があるといい、干上がった砂漠の20年前の姿が深刻さを物語っているようだ。

そして、今年の7月19日には、第2回目の植林委託をNPO『緑のサヘル』によって、西アフリカにあるブルキナファソという国のバイエンフルゴ小学校を始めとするの5つの小学校の校庭に、生徒や父兄らによってニームやユーカリなどの木の苗木が300本も植林されたということだ。

国際環境NGO FoE Japanは、東京・八王子にある宇津木の森の自然を再生・保存するための里山再生プロジェクトを国内でも行っている。
↓にあるリンクから森林散策ツアーの案内などに入ることもできるので、一度覘いてご覧下さい。
宇津木の森

緑のサヘルは、ブルキファソの他に、チャド共和国(アフリカ大陸の中央北)やタンザニア(東アフリカ)の植林活動を行って、荒廃地の再生に取組んでいる。

ブログを書き更新するだけで、砂漠化の進んだ外国の見知らぬ土地に苗木を贈れるのだから、こんなにステキなことはない。

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